2026年の幕開け、おめでとうございます!

2026-01-08T02:04:16+09:002026/01/07|

あけましておめでとうございます。 松の内、ぎりぎり滑りこみ投稿です。 ああ、新年からこれでは思いやられるなぁ・・・ あらためまして、旧年中はこの場にお越しいただき、私の駄文をお読みくださり、ありがとうございました。 今年も、こんな感じですが、お立ち寄りいただけると嬉しいです。 どうかよろしくお願いいたします。   昨年は大晦日までレッスン。最終レッスンは、小学生の子供たち二人。 いつもは個人レッスンなのですが、大晦日特別合同レッスンにし、時間は倍の2時間。 今年の夏のおさらい会のラストで、5年ぶりに「世界の民謡メドレー1」(池上眞吾編曲)の民族衣装コスプレバージョンを演奏する予定で、ちょっと難しいけれど、大人に混じって「やってみる?」と子供達にも声をかけたら、参加したいとのこと。 大晦日はそのための譜読み合同レッスン。 途中お母さんから頂いた差し入れのドーナツタイムはあったものの、正座のしびれと闘いつつ弾き続けました。 2時間後、「さあ、よく頑張ったね。今日はもうここでおしまい。」と言った私の言葉にも気づかないまま、弾き続ける二人。 どうも、もう少しで弾けそうだけど弾けない箇所があるらしい・・。 そのうち、二人から「先生、これからあと1時間自主練習していいですか?」という申し出が! お母さんたちも待ちぼうけ。 私はその間にお茶碗を割りました(ずいずいずっころばしか!笑)

Merry Christmas ! そして、ありがとう2025!

2025-12-24T12:05:54+09:002025/12/24|

ブラジルから帰国し、すぐに和歌山県の熊野・中辺路に新しく開校したうつほの杜学園で子供たちやご父兄・地元の方々に向けてワークショップをしました。 これをきっかけに、我が教室初の遠足を敢行!11月のレッスンでお声がけをしました。 16名の生徒さんが参加。車に分乗して、熊野のいい空気を吸って、川沿いのレストランでせせらぎの音を聞きながら一緒にお食事しました。 今回は突然の思いつきだったので、遊びの計画があまり立てられなかったのですが、すごく楽しかったので、これからはこういう機会も作っていきたいなあと思いました。   帰国直後は、ワークショップもあって気が張っていたせいか元気だったのですが、その後、時差ボケと不調が重なり、さらに数ヶ月前からかゆみや赤みが気になっていた瞼が急に真っ赤に腫れ上がり、恐ろしい形相に!眼科と皮膚科に行ったところ、調子が悪いのを繰り返していたために皮膚が硬くなり分厚くなってしまっているとのこと。完治までは時間がかかると言われ、ショック!今は、ステロイドの軟膏のすごい効力によりほぼ回復。 みなさん、調子が悪い時は早めに受診しましょう!   ブラジル渡航直前、長年愛用していたスニーカーが限界を迎え処分。スーツケースと腕時計が壊れて修理。譜面台のネジが効かなくなり、ついに処分。お気に入りのイヤリングも劣化し、使用不可能に。帰国後には、瞼の不調もあって、今まで使ってきたかなりの化粧品を処分しました。   変わり目なのかな・・涙。   若い頃は、自分が時代のど真ん中を風を切って走っている気がしていました。(思い上がりも甚だしい?笑) それがいつの間にか、時代と自分のズレを感じるようになりました。   時代の革命家であり異端者でもあった沢井忠夫先生の音楽は正統派の王道となり、野坂恵子先生が創られ演奏された二十絃には賛否両論がありましたが、今や多くの箏の演奏家が、二十絃、二十五絃を演奏するようになりました。さらに、洋楽器や民族楽器との共演や即興演奏はもちろん、現代音楽で実験的に行われていたエレクトロニクスとの共演やそれによる音の変調や拡張を邦楽器の演奏家が自ら行うことも多くなりました。 もちろんその技術はどんどん複雑化し、多様化し、進歩しています。

ブラジル公演記2025

2025-12-24T02:23:47+09:002025/12/21|

2025年もあと10日となりました。 12月2日、ブラジルでの公演を終えて無事帰国しました。   帰国直後は、朝なのに気分は夜で、逆に夕方になると気分は夜明け。ブラジルと日本は、季節も昼夜も全て逆なので、そのまま引きずっていたのでしょう。完全な時差ボケ! それにしても、朝なのに夜の気分というのはすごく不思議で、時間の感覚がずれたことによって、1日の中で、気分がハイになったりローになったり、肉体だけでなく精神のサイクルもあることを実感したのでした。   ブラジルには1週間の滞在で、その間に違ったタイプのコンサートを3回行いました。 到着した次の日には、サンパウロ大学でレクチャー&ミニコンサート。古典から現代に至るまでの変遷をお話と演奏で体験してもらいました。オープンな講座だったので、日系の邦楽会の方々も学生さんたちと一緒に参加してくださいました。 最後はスタンディングオベイションで、アンコールにソロで「Brasilarinho」を演奏。 盛り上がりました!   そして、いよいよ今回のメインイベントであるブラジルと日本の外交関係樹立130周年の記念コンサート。 会場は、客席が4階まである1500席のオペラハウス。 その入場券がオープンして4時間で打ち止めになり、身近でも入手できない人が続出。 私は耳を疑いました!(もしかすると、手違いがあって、出したチケットが150枚だったのでは?当日開演したらお客さんが前10列だけとか?と、本番直前までめちゃくちゃ疑っていました。笑。) プログラムは、私と尺八のシェンさんがソリストのダブルコンチェルト。ブラジルで最も尊敬される作曲家ヴィラ=ロボスの作品に始まり、日本のわらべうたをアレンジした作品が続き、沢井忠夫先生の「風の歌」、ラストは「Mourao」。 私のソロパートの楽譜は結局出発まで全て揃うことはなく、最後の1曲は現地に到着してから受け取りました。指揮者ティアゴさん自らが編曲。事前に、箏について音域と伝統的な調絃法は伝えましたが、メールのやりとりだけでは当然奏法の詳細まで伝えることはできません。

思いがけないできごとで目覚める

2025-10-31T14:44:28+09:002025/10/31|

急に寒くなって、黒のタートルウエアが並ぶ部屋干しの列を見て、冬が近づいてきたことを感じています。 みなさん、お元気ですか? 10月も滑り込み更新となってしまいました💦   これまでに、フランスの芸術系テレビ局Arteの取材があり、書道教室に通い始め、そして、来月はブラジルに公演に行くことになりました。   Arteはフランスのテレビ局であり、主にヨーロッパ圏で、文化・芸術の番組を制作しフランス語とドイツ語で放送されています。夏に、スタッフの方からHPを通して直接、取材・出演のオファーがありました。 和歌山出身の作家、有吉佐和子氏についての番組、その中でも小説「紀ノ川」を大きく取り上げて制作されるとのこと。 「紀ノ川」の中では、母と娘の中に秘めていた親子間の価値観の違い、女性としての生き方の違いが箏を通して顕になり、感情が爆発します。 他にも、有吉先生は、伝統芸能を主題にした作品を数多く執筆されています。 インタビューの内容は深く、9月~10月にかけては、伝統芸能をテーマにした作品を中心にできる限りたくさんの有吉作品を読み、貴重な思索の機会を与えていただきました。(取材はこの後も続き、制作に約1年を費やし、来年の夏頃放送予定だそうです。)   ただ箏の音が大好きで夢中になり、沢井忠夫先生に憧れて芸大に進学してみたら、いきなり伝統を背負わされ、その重圧が窮屈で逃げ出したくなりました。でも、多くの偉大な古典の先生方に出会い、生の音を近くで聴き、教えていただいたことは目から鱗で、私は伝統とは関係なく、それこそ、一人の聴衆としてその芸に尊敬の念と感動でいっぱいになりました。 そうして、手探りながらも、少しは古典を理解できるようになりました。ただ、それは「理解」であって、自分の血となり肉となる、もはや身体の一部になるほどに自分にとってリアリティーがあるかというと、それは、やはり、どこまで行っても、愛し合えない恋人のような遠い存在でした。   人には得意なものも不得意なものもあって、好きなものも苦手なものもあって、能力も環境もさまざま。 もちろん箏を深く知る上で、古典を知ることは外せないけれど、

ささやかだけど壮大な夢

2025-09-01T18:12:23+09:002025/08/31|

8月、高校総合文化祭(いわゆるコンクール)が終わり、私の教室のおさらい会が終わり、私の夏は終わりました。 と言っても、相変わらずの猛暑は続いており、気温的にはまだ「夏」ですね。   みなさま、体調を崩されることなく、お元気でお過ごしでしょうか。 今年こそは毎月2回の更新を目標にしておりましたが、7月に1度きり、8月ももはや最終日。 ここを訪ねてくださったみなさま、留守が続いて、ごめんなさい。   私が指導している桐蔭高校箏曲部は、今年も私の新作を初演してくれました。 タイトルは、「地上のすべてにあざむかれる悲しみの夜が来ても」。 インドの詩人であり音楽家でもあるラビンドラナート・タゴールの詩集「ギーターンジャリ(歌の捧げ物)」からインスピレーションを受けて作曲しました。 リアルタイムの音楽を作りたい。それが、高校生にとってもリアルタイムのものであるように。 部員は少ないけれど、少ないからこそできること、少なくなければできないことをしたい。 音楽って何?という疑問も投げかけたい。 そんなことを詰め込んで作品にしました。   楽譜が揃ったのは、本番の約1ヶ月前。 それから、高校生たちは試験期間があり、試験明けに弾いてもらっては修正を重ね、制限時間に収めるために曲のカットを決め、最終的に完成したのは、なんと!1週間前。

夜が好き

2025-07-02T02:11:46+09:002025/07/01|

6月にもう一度更新したかったのですが、できなくて・・・遊びに来てくださったのに、留守が続いており、ごめんなさい。 実は、一つ文章を書いていたのですが、何度も読み直した結果、ボツにしました(泣)。 どんよりした文章だったのでまるめてポイ。   昨日というか今日の早朝というか・・・午前3時頃、桐蔭高校箏曲部の今年の新作の第2稿をデータで送りました。 ひとまず完成(仮)というところでしょうか。 ここのところは作曲に集中しており、ますます昼夜逆転の生活が常態化して、未だ脱出の見込みなし。   朝、街が忙しく活動を始めると、気持ちが落ち着かなくて、じっくり作曲に向き合うことができず、お仕事終わりが近づいた午後4時頃からスイッチが入る。 「陽子」という自分の名前は、漢字からすると、太陽の子どもという意味だけれど、いかにも親不孝な子どもである。和歌山レッスンの時ならお昼前少し庭に出て光を浴び、東京では夕方、傾きかけた太陽の光を浴びに行くくらい。骨密度とセロトニンのためと自分に言い聞かせて、のろのろ外に出るありさま・・・。 目が弱くてサングラスが手放せないし、大体、こどもの頃から太陽の下で遊ぶということがほぼなかった。 スポーツ音痴である。 自然は大好きだけど、アウトドアとは無縁。   人々が寝静まると、街に非日常の時間がやってくる。 街が海底都市になるマジックアワーが大好きで、夜は目に見えないものが活動し始める別世界。 勝手に幻想の世界で遊んでいる。だから、イメージが膨らむ。

骨が折れると骨が折れる

2025-06-08T21:58:18+09:002025/06/08|

足の指を骨折した。 体調が悪くて、夜中に何度も起きて、眠気まなこの状態で椅子の脚に足をぶつけ、放っておけば治るだろうと思っていたら腫れがひどくなり、整形外科であっさり「骨折ですね。」と言われた。(ドジャースのベッツ選手と同じ足の薬指!笑。実は、以前、大阪で開催された友人の演奏会にお祝いのお花を送ったところ、なんと!どういうわけか、私の名前ではなくベッツ選手の名前でお花が届いたようで、当然のことながら大騒ぎに(私よりベッツ選手からの方が断然嬉しいと思うけど!笑)。こんなことってある?という大爆笑の事件がありました。というわけで、ベッツ選手と勝手にご縁を感じている私です。笑) ミニギブスを嵌めてようやく歩けるようにはなったものの、超超ゆっくりである。 10分かかるところへ行くには25分かかる。(ベッツ選手は走っていた!凄すぎる!)近いと思っていたところが途方もなく遠く思える。 踏まれたり、転んだり、ぶつけたりしないようにと思いながら、ゆらゆらと人混みを歩くのは恐怖である。 お身体の不自由な方達はこんな思いをされているのか・・・と、思って心が痛んだ。   私の父は、生まれた時から少し足が不自由だった。 祖母はそんな父のことを自分のせいだと思って、当時和歌山市内にもまだいたシャーマンみたいな人に何度も厄払いをお願いしていた。父はそんなことはお構いなしの現実主義者で、祖母の誘いを振り切っていたが、母はたまに連れて行かれたらしく、予定日を過ぎてもなかなか生まれないことを相談したら、お彼岸過ぎたら生まれるよ。と言われ、私はお彼岸すぎてあっさり生まれた。 私もかすかにシャーマンの儀式を覚えている。 民俗学の世界がまだそこにあった。   父は祖母に厳しく育てられたせいか、小学校は皆勤賞。大学時代は登山もしていたし、本を読むことが好きで、百人一首のかるた会にも出場していたし、お能の謡もしていたらしい。ハーモニカも吹いてくれたし、囲碁将棋、麻雀もよくやっていたようで、お酒も好きだった。 父はきっと、不自由な足のことで悔しい思いをいっぱいしたはずだけれど、そのことは一言も言わなかった。むしろ暗いことは大嫌いで、私がいつまでもうじうじしていると、何よりそのことが父の怒りを爆発させた。   退職して、父は杖をつきながら大阪に週に何度か仕事に通っていた。私は東京に戻る時、一緒に和歌山から電車に乗って難波まで行った。 ラッシュアワーのすごい人波の中で、杖をついた父を守るべく背後に回って、タクシー乗り場まで一緒に歩いた。ちょっとぶつけられたら倒れそうな後ろ姿を見て、いつも涙ぐみながら父を見送った。

歴史を刻む

2025-05-13T23:22:52+09:002025/05/13|

日本橋周辺は神田祭で大賑わい。 朝から太鼓の音が鳴り響き、笛の音が聞こえてきます。   そういえば、私が子供の頃、日本一長寿の方は江戸末期生まれでした。 これってすごくないですか?(前回と同じパターン。笑) 子供心に新聞を見て、江戸時代に生まれた人と同時期に生きていることに大興奮したことを覚えています。そして、いまだ興奮冷めやらず・・・。 時々、思い出しては、すごいよなーと感動しています(笑)。 開国して間もない頃に生まれ、江戸の無血開城、大政奉還、文明開化を経験した人と一緒に生きていた時間があったなんて!!!   私の祖父は明治生まれ。大叔父は太平洋戦争で戦死。 父と母からは戦争体験の話を聞きました。 疎開生活のこと、玉音放送のこと、空襲のこと、戦後のこと…。 戦争は、学校の教科書の後ろにある付録年表の中の1行にあらず。 歴史は、生身の人間の歩み。   江戸時代の平均寿命は40歳。 縄文時代は最長寿命が30歳くらい。

わかり合うということ

2025-05-02T14:26:48+09:002025/05/02|

人類が誕生して50万年、人間が1回も重なっていないってすごいことだと思いませんか? 身体、性格、能力、思考、人生・・・同じものが一度もないってすごいことだと思いませんか? 50万年ですよ!   科学が進んで、ドラえもんに出てくるコピーロボットが登場する日が来るかもしれないけれど、今のところ、私と同じ『人間』はこれまでもこれから先も存在しないわけで、私と同じ『人生』も然り。 だから、人はみんな違う。ということが大前提なんですよね。 血が繋がっていても、どんなに近くにいても、誰かのことを本当に理解することなんてできないし、理解してもらうこともできない・・・。 それが大前提。 自分の思い通りに反応して、わかってくれる人なんていないということ。 逆に言えば、誰かの気持ちをわかったような気分でいても、それは自己満足かもしれない。   わかりあう、というか、通じる感覚って不思議ですよね。 言葉はわかっても通じ合えない。言葉は全くわからないのに通じ合える。ことってありませんか? 音楽は言葉よりあからさまにその人の本質を曝け出すと思う時があります。 演奏していると、心が解き放たれて、自分ですら気づかない自分に出会うから。   もし、わかってくれる人がいたなら、きっと、その人は、わかっているのではなく、理解しようとしてくれている人にちがいない。

生活のリフォーム第一弾

2025-04-17T15:30:08+09:002025/04/17|

久しぶりに夢の中に沢井忠夫先生が現れました。そして、なんと!その次の次の日の夢に上木康江先生が! 夢の中では、お話をして、声が聞けるのがうれしい。 沢井先生も上木先生も笑顔で、楽しく、私は、先生方が生きてらっしゃる時より、リラックスしてお話できました。   今年の高校生の総合文化祭(いわゆるコンクール和歌山大会)のために、ようやく曲を作り始めました。まだ音はわずかしか置けていないのですが、構想は膨らんでいます。 私には湧き出る泉がないので、着想を得るべく、本を読み、音楽を聴き、歩く。 とはいえ、私は、何をやっても寄り道が多い。 そして、まさに寄り道の途中でいろんなものを拾ってきて、拾得物で家の中がいっぱいになるが如く、頭の中が散らかってしまう・・。 その一つ一つを吟味して、整理しているうちに、いつの間にか、最初に作ろうと思っていたものと違ってしまうこともあるし、これぞ!という宝物に思いがけず出会うこともあります。 さあ、始めるぞー。   さて、心して、スライムから骨のある人間(笑)になるべく生活を見直そうではないか。 一つ、起きたらすぐ部屋のカーテンを全開にする。 一つ、できる限り温かい食事を、お気に入りの器に盛りつけていただく。 一つ、買いだめはほどほどに。 まずはこれだけ。  

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