このページでは、JavaScriptを使用しています
face top vol.1 vol.2 vol.3 vol.4 vol.5 vol.6 vol.7 vol.8 vol.9 vol.10

vol.9


2003年10月22日(水) 東京 代官山ヒルサイドテラス

1.箏の弾き歌いの現代における意義の探求

箏曲は生まれたときは弾き歌いだった。
その後、三味線音楽と結びつき、三弦の伴奏楽器と
して器楽的な要素が強くなる。しかし、江戸後期〜
明治初期光崎検校らによって箏曲本来の弾き歌い
の形式が見直され、復活する。宮城道雄以降現代に
至るまでは、西洋音楽の影響を受け、再び器楽的・
技巧的な方向へ向かうこととなる。
このような「弾き歌い」形式の歴史的な変遷は何を
意味するのだろう?箏曲として確立する地点、
あるいは、それより前の時代、もしくは「コト」と
しての原点に戻った時、楽器にのせて様々な日常を
歌ったのでは・・・。今、生きている自分の時間、
日常を自分の音とことばで表現することで、現代で
は分業が当たり前のこととなった「歌」と「演奏」
をひとつの身体の運動としてとらえなおしたい。

2.楽器の拡張と身体の拡張
弦の振動をデジタル変換するデバイスによって、楽器と身体の拡張を試みる。音楽の素材となる
ものは、楽音からJ.CAGEによって日常にある雑音、生活音、環境音、そして沈黙の領域にまで
拡大された。現代社会において、コンピューターはあらゆる場において不可欠であり、わたしたち
の生活の一部になりつつある。そして、その機能は、時に人間の想像を超えた世界を開いてくれ
る。その一方で、演奏家として楽器に触れる時、音楽を奏でる時、その場には測ることのできない
時間と空気のある流れが生まれるのを感じる。複雑な計算の果てにあるものと、無意識にある
不確定な、あるいは理論づけできないものが出会う場所。相反するようで実はどちらも人間の身体
から生まれたもの。その出会いは、もしかしたらコンピューターの中に有機的な、生の楽器の演奏
という作業の中に何か確定的なものを発見することになるかもしれない。今回は、様々な角度から
多くの実験を試みたいと思っている。

ゲスト:
一ノ瀬響(作曲、コンピュータ、システム設計) 神田佳子(創作打楽器) 藤原道山(尺八、その他)

copyright(C) Nishi Yoko All right reserved.