広島・東京・和歌山・京都と旅を重ね、鎌倉にもどってきました。
この前、一日鎌倉に戻った日はちょうどお祭りで、近くの八雲神社のお神輿が我が家の前に祀られ、櫓が組まれて夜9時すぎまで祭囃子の音が続いていました。
かみさまをお迎えして、おもてなししているような気がしました。
そして、数日間は近所の人たちが交替でお神輿を守るために半ば泊まりこみ。
お酒を飲んで盛り上がる人たちやこどもの喜ぶ声が祭囃子に乗ってたまに聞こえてきます。
そして、今度帰宅してみたらヒグラシが夕暮れを塗りつぶすように鳴いていました。
広島・呉の演奏会は、感動あふれるものでした。
私は、「尾上の松」「風の歌」「黒田節による幻想曲」のソロを弾かせていただきました。
本番の前日7月11日に呉に到着。すぐにリハーサル。
2曲のリハーサルは順調に終わり、最後に「黒田節による幻想曲」のリハーサル。
この曲は大編成で、今回は筝42名、尺八27名の方々の大合奏と私のソロ。
直前だけれど、気になったことをあれこれ申し上げました。
一番言いたかったことは、みんなで一緒に演奏できることをもっと楽しみましょう!そして、聴いてくれている人たちにその音を届けましょう!ということでした。
確かに邦楽器は繊細な音だけれど、この曲はもっとダイナミックに且つ堂々と表現したいと思いました。
各パートの役割を明確にしてアンサンブルの骨組みをしっかりさせ、ひとりひとりが自覚をもって音を出すこと・・・そんなことを説明しながら、直前になって混乱を招いているかもしれない。という気持ちもありました。
でも、最後の最後まで、いい音楽を作るために、それぞれの人にとって最高の時間になるために、あきらめたくないと思いました。
本番、どの曲も楽しく生き生きと演奏することができました!
最後の大合奏もみなさんの気持ちがひとつになって、音には心がこめられていて、ソロを弾きながら胸がいっぱいになっていました。
終わるやいなや、半身不随の男性が奥様に付き添われて舞台に残っている私に話しかけてくださいました。涙を流しながら。
「初めて感動しました・・。」そのことばは短くて、たどたどしいものでしたが、本当に本当にうれしかったです。
感動をもらったのは、勇気をもらったのは、私の方です・・・。ありがとうございました。
そして、この演奏会を聴いていた中学生の女の子が感動してくれて「うちの学校のみんなにも聴かせてほしい。」と演奏会の主催者の先生に直接訴えてくれたのです。
次の日、私は観光で瀬戸内海に浮かぶちいさな島に連れて行っていただく予定でした。
彼女はその島の中学校に通っているお筝が大好きな女の子。
演奏会は日曜日。学校の先生たちもお休み・・・。もちろん学校もお休み。
私が行くことのできるのは月曜日の午前中。
実現できるだろうか・・?
日曜日、演奏会終了とともに学校の先生たちに連絡がまわり、授業も変更。
なんと!全校生徒が聴ける態勢を作ってくださいました!
ひとりの女の子がみんなを動かしたのです!!!
小さな島の中学校は、全校生徒26名。
呉から橋を渡って島に入っていきます。
太平洋を見て育った私にとっては、島がたくさん浮かんで絵のように止まって見えるおだやかな瀬戸内海の風景はすごく不思議な感じがしました。
1時間の間に、20分間のミニレッスンと40分間のミニコンサート。
ミニレッスンは、筝曲部の6人それぞれに姿勢、爪の当て方、指の使い方をアドバイス。
ミニコンサートは、全校生徒26人の前で「六段」と「鳥のように」を弾きました。少しおしゃべりも交えて・・。
外ではずっと鳥たちののどかな鳴き声が聞こえていました。
こどもたちの目はキラキラとしていて、まっすぐにこちらを見てくれていました。
音はしみわたるように、みんなのからだに吸い込まれていきます。
なんてすばらしい時間なのだろう・・・。
呉での時間は、奇跡のように、夢のように、たくさんの出会いと感動に満ちていました。
それを作ってくれたのは、筝であり、音楽であり、そして情熱であり、信頼と優しさの連鎖でした。
昔のように親密なおつきあいというものは今はもうない・・。
邦楽の音色がいつも町の路地から聞こえてくることはない・・・。
「昔はよかったけど今はね・・・。」
・・・確かに時代は変わってしまったけれど、大事なものがすべて失われたわけではないですよね。
それに、失ってしまったのも私たちの責任。なのですよね。
ただ、懐かしんでいるのはなんだかずるい・・。
今からでも、ほんの少しでも、大切なもののために考え、行動し、生きていきたい。
そう強く思っていれば、きっと何かが生まれて、育つはず。
ひとりじゃないんだから・・・。
そう思わせてくれた呉のみなさん!
本当にありがとうございました。