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2009年04月30日 『遅まきながら・・・活動のご報告』

ああ、いつからご報告を、スケジュールの更新を怠っていることでしょう・・・。
本当にすみません!

香港上海ツアーを終えてから今日までのご報告をしたいと思います。
和歌山や海外への移動が多くて、ほとんど鎌倉で生活する時間がなく、連絡も途絶えがちでたくさんの方にご迷惑をおかけしていることと思います・・・。

3月10日(火)
私の出身高校・和歌山県立桐蔭高校で、大先輩である竹中平蔵先生と一緒に創立130周年のプレイベントとして高校生たちに授業をさせていただきました。
授業の様子は、コチラ↓に詳しく取材していただいていますので、ご覧いただけると幸いです。
http://www.toin-h.wakayama-c.ed.jp/
そして、この模様は、ニッポン放送でラジオ放送していただきました。

関西大学での講義のときも同じでしたが、楽器に実際触れてもらうと皆さんすぐに夢中になって、あっという間に時間がたってしまいます。それで、いつも用意していった講義の内容の半分くらいしかお話できなくなってしまうのですが、私はそれが一番うれしい!と思っています。

竹中先生の講義に私も高校生と一緒に参加させていただきましたが、日常生活の中に隠れているたくさんのことに気づかされました。
生活の中にこめられたたくさんの人たちの知恵や苦労、歴史・・・。そして、道端にひっそりと咲いている花、空の色、鳥の声、風のにおい・・・
そんなたくさんのことに気づけたなら、自然に生活は豊かになるし、楽しくなるし、感謝することもいっぱい。世界が広がって、たくさんの発見が自分自身の発見にもつながるし、元気の素にもなるんですね!

アンテナを磨こう!そう思った一日でした。

そして、その後、3月29日(日)に桐蔭高校で毎年恒例のおさらい会をしました。23回目になります。25回には記念になにかできればいいなと思っています!!!
OB・OGのみなさん、是非参加してくださいね。

4月12日(日)には、鎌倉まつり「静の舞」で奉納演奏。もう今年で5回目になります。
鎌倉の住人として認められたような気がしていつも光栄に思い、参加させていただいています。

そして、実は今日はニューヨークから帰国したばかり。
4月24日(金)
カーネギーホールで演奏してきました!
テリーライリーという世界的なアメリカの作曲家の「inC」という作品を、クロノスカルテットがプロデュースし、世界中から約60名の演奏家が集合して演奏しました。
私は、KOTO VORTEXという4名の女性筝アンサンブルで活動してきましたが、そのグループが招待されたのです!
メンバーは、丸田美紀さん、竹澤悦子さん、水谷隆子さん、私の4名。
この日記にも何度も書きましたが、水谷隆子さんは、このカーネギーホールでのコンサートを楽しみにしていましたが、この日を待たずして逝ってしまいました。
残念でなりません・・・。でも、きっと一緒に参加して弾いていたにちがいないと信じています。

簡単に説明すると、同じパルスの上できれぎれのメロディーを個人個人が好きなようにつないで輪唱していく作品。1時間30分、60名の音楽家が休みつつもずっと演奏しつづけるのです。

演奏終了した途端、最上階のバルコニー席まで満員の聴衆が総立ち。歓声がホール中に鳴り響きました。
この瞬間にいられたことにただただ呆然としていました・・・。
世界の憧れの舞台に、筝があって、それを弾いている私がいる・・・それがなんだか信じられない気がして。

ニューヨークの街は生き生きとしていました。
毛皮を着ている人がいるかと思うと半袖のTシャツの人もいて、思いきりおしゃれを楽しんでいるし、若いカップルも白髪になったカップルも仲良く手をつないで堂々と愛し合っています。
誰がなんといおうと、私はこういう服が着たくて、この人を愛していて、思いきり仕事をして、思いきり遊んで、好きなように生きていく!
これが私の生き方!
人生楽しまなくちゃ!
そんな声が聞こえてきそうでした。

もちろんアメリカにはアメリカの、ニューヨークにはニューヨークの問題があるのでしょうけれど、私には堂々と生きることを謳歌している姿が年齢に関係なくとても若々しく、すがすがしく、凛々しく、すてきに思えました。
自分の人生だもの、自分の生きたいように生きなくちゃ!
すべてが思い通りになんていくはずがありません。
そんなわがままや傲慢ではなく、限りある時間だからこそ、限りある人間だからこそ、大切にすてきに。
颯爽と風を切って胸を張って笑顔で歩いていきたい!ニューヨークの街はそんな元気をくれました。

さて、5月2日(土)は大阪大学で公開講義を行います。ご案内はコチラ↓です。
http://www.osipp.osaka-u.ac.jp/leader/index.html

ゴールデンウィークは、少しのんびりする予定です。
みなさんは、どうすごされるのでしょうか?

新緑で黄緑の若葉が空をめざしてぐんぐん勢いよく伸びています。
その姿に影響されたのか、ニューヨークの空気に触発されたのか、どちらにしても、ちいさなことに振り回されないで自分をしっかり見つめて邁進したい!そう思っています。

2009年04月15日 『まずはやってみること』

春になると、なぜか亡き人を偲ぶ気持ちが強くなります。
祖父母のこと、先生のこと、友人のこと・・・。
こんなに花が咲き乱れて、明るい日の光がさして、新しい命が芽生えていく季節だというのに。

私の身の回りには、亡き人たちがプレゼントしてくれたたくさんの物があります。それを見て、手にとって、あるいは使うとき、それらの「物」からたくさんの記憶が甦ってきます。
交わした会話、そのときの表情。
そうして、ひとりごとのように話しかけます。それらの「物」が橋渡しして私のことばを届けてくれるような気がして・・・。
今ここにいたら、なんと答えてくれるだろう・・・と思うことも。

さくらは、春の淡雪。
泡のように、幻のように消えて、思い出だけが心の中に残される・・・。

今年もまた熊野に行ってきました。
山も海も川も変わらず、私も変わらず、河原のひだまりでお昼寝したり、ぼーっと山を眺めて風を感じていたり・・・。
鳥や虫の鳴き声も川のせせらぎも一晩中聞こえます。

あれこれ考え込むときも、迷うときも、立ち止まってしまうことも、わからなくなってしまうこともあるけれど、どんな糸口でも見つけたらまずはやってみること。
今はそう思っています。
構想をいくら練ったところで、何かが違うと思ったところで、それはあくまで想像の世界。
どんなちいさなことでもいいからとりあえずはかたちにしてみる、からだを動かしてみる・・完成や完璧を求めても、それは不可能だし、そう思った時点でもうその先はありません。
ずっと学んでいくんだ、いつでも途上なんだという気持ちで、やっぱり生涯チャレンジャーでいたいですよね!

つるつるのきみどりの芽や葉っぱが風に揺れています。
かわいいウグイスの声が山から響いてきます。

春、はじまりの季節。

「おわり」にありがとう。
そして、「はじまり」によろしくねと手をつなぎたい。

そんな春、そして、初夏へ。

↓熊野で撮った写真です

菜の花はおひさまのお使い
2009_040709春・熊野0002.JPG

しばざくらはおしゃべりして
2009_040709春・熊野0020.JPG

風のこどもがやってきた!
2009_040709春・熊野0021.JPG

川面に揺れる鯉のぼり・・・こどもたちへの祈り。
2009_040709春・熊野0016.JPG

2009年04月05日 『ついに4月!』

あっという間に3月はすぎ、私はひとつ年を重ね、ついに4月になってしまいました。
更新を怠っていてごめんなさい!

このひと月の間に、母校和歌山県立桐蔭高校でワークショップをしたり、毎年恒例のおさらい会をしたり、いろんなことがあったにも関わらず、ご報告もできずに失礼しました。
風邪をひいて寝込んだり、手の調子がよくなかったりして、なかなか日記を書く余裕が持てずにいました。
そんな中で考えたこともたくさんあります。

ひとつは、演奏法について。

ワークショップなどでお話をするとき、楽器がどういう状態かとか環境がどうなのかということを感じて対話しながら演奏していくんです・・・と、よく言います。

今回手の調子がよくなくて考えたことは、当然のことなのに実感せず、実行してこなかったこと。

つまり、自分のからだと対話しながら演奏していくこと。

20代の頃、ともかくたくさんの曲や技術を習得したいがために一日10時間以上、へたするとお食事をいただく時以外は練習というような生活をしていました。
できない技は力まかせに牛耳ってしまうというような筋肉の使い方にからだが悲鳴をあげたのでしょう。
肩がまわらなくなると同時に足まで引きずらなくては歩けないほどになってしまい、全身針治療を受けて治したことがありました。
そのとき、演奏法について考え直して、以来、随分力も抜けたし、楽に弾けるようになり、腱鞘炎になることもなく、何時間弾いても全然つらくありませんでした。
休むことなく一日中でも弾いてられるなあと思うくらいでした。

最近、忙しいということもあり、移動で重い荷物を持つということもあり、もちろん年齢のこともあり、そんな中で手の調子がよくなくて、とまどいました。
これは、きっとここで再びとどまって演奏法について考えるべき時なのだろうと感じました。
ただし、演奏法といっても実際手のことだけを考えていてはいけないのですね。要するに全身を使って演奏することが大事で、だから全身のケアが大事ということです。
整体の先生に診ていただきながら、でも、実際の感覚は自分にしかわからないものだし、自分のからだと24時間共にいるのは自分自身なのですから、頼ってばかりもいられません。

まずは「聞く」こと。
少し動く。からだのどこがどういう風に動いてる?もっともっと楽にできることがあるはず。
からだのすべてを使って、脱力して・・・。
弾くことより、感じること。

自分のからだとの対話。
愛情をもって、優しく、丁寧に、相談。
そうして、今度は自分の居場所を確認していきます。
お部屋の中、鎌倉、今日のお天気、温度、湿度、風、季節、地球のこと・・・。広い広い宇宙の中にいる自分のこと。

からだもこころも時間をかけて対話しないと、自分自身のことなのにわからないことばかり。
自分の居場所だってちゃんと確認することなんてないですよね。

地に足をしっかりつけて生きていくことって、心がけのようだけれど、実際物理的にもそうあるべきで、それが基本のような気もします。
自分と深く深く対話して、そこから世界へ開いていく感覚。
時間をかけて、ゆっくりと。
あわてないで、ひとつひとつ丁寧に。
それがあるときすごいスピードでなめらかにながれていく。
瞬間という一瞬の時間をつかむために時間を押し広げて感じていく。

スローモーションの映像みたいにすべてを感じることができたなら、超高速は普通になるんです。
身体との対話。自然との対話。時間との対話。

現実と思っている現実は、自分だけの現実。

演奏法のお話からとんでもない方向に来てしまいました(汗)!
でも、最近はこんなことをぼんやり考えています。
演奏法だって、それは個性であり大げさに言えばその人の生き方だったりするように思います。

考えていることのふたつめは次回に!

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