スイス報告が遅くなってしまってすみません・・・。
今日は友人の結婚おめでとうパーティー。作曲家の故吉村弘さんの奥様の洋子さんが手料理をごちそうしてくださり、ごく親しい友人だけでお祝いしました。
おめでたいことはいいこと。私も幸せを分けてもらった気分です!
スイスから帰国する飛行機の中で体調を崩し、その後食事の量も少し減ったので、「ああ、これは、私はかなりやつれているにちがいない・・・。」と思いつつ、今朝、もう春だし、デニムのパンツをはいてみようという気分になりました。
きっとゆるくなっているんだろうと予測してはいてみたら、
ん???キ、キツイ・・・(汗)
そ、そんなはずが・・!?
そうだ!デニムは何度も洗うと縮むしね(汗)。ふむ・・・(←ここで、自分が太ったと思わずに、普通は伸びていくデニムをこうも自分の都合のいいようにねじまげて考えてしまう自分がコワイ(苦笑)。体重計に乗っても太ったときは体重計の調子が悪いと思うこともあるし・・・)
でも、冷静に考えて、やっぱり少し太っていたのです。最近いつもスカートをはいていたので、気づかなかったのですね。春に向けて少し引き締めなくちゃ!
そういえば、街の洋服屋さんはすっかり春物に入れ替わり、軽い素材の明るい色の洋服で華やいでいます。
春になると新しいお洋服やバッグ、靴がほしくなりますね。
そうそう、スイス報告でした!!!また、話が横道に逸れてしまいました(ゴメンナサイ!)
オーストリア・ウィーンでのお仕事を終えて(次につながるお仕事なのでいずれまたご報告できるときが来るかもしれません。)、スイス・ダボスに向かいました。
昨年に引き続き、今年もダボス会議の中で演奏させていただくことができ幸運でした。
私の泊まったところは、偶然ですが昨年と同じバッドラガッツというところ。「アルプスの少女ハイジ」の中で、クララが病気の治療のために湯治に訪れる舞台になったところです。ダボスが山のかなり上の方だとすると、そこからかなり下った里という感じの場所。

そこから車と列車両方で往復することができました。

青い空と白い雪。
山々は人々の生活を包み込むようにそびえたち、木々は、その合間を縫って走っていくわたしたちをまるで見守ってくれているかのようです。
途中には、冷たいはずの水がやわらかい音をたててちいさなうねりをいくつもいくつも重ねて流れていきます。走るように。たなびくように。
赤い列車はまるでそれと追いかけっこしているかのように林の中を抜けて行きます。時には、崖っぷちを斜めになりながらすべるように走るので少しドキドキします。
雪の表面はガラスの粉が蒔かれたように光を反射してキラキラと輝いています。掬い上げたらきっと砂のように指のすきまからその粒がこぼれていくにちがいない・・
大自然は、心をこどもにしてくれます。
それはきっとどんなに大人になってもどんなに年をとっても、人間は所詮この大いなる自然に比べたらこどものようなものだということかもしれません。
ただ、空は青く、雪は白く、なめらかで、ひんやりと澄みきって、きわだち、あまりにも大きく遠く計り知れない・・・
その美しさ、強さ、威厳、優しさ、豊かさ・・・・あたりまえだけれど、無条件に、そこにはもうわたしたちのなにものも通用しない存在があるというだけ。
ダボスの街を見下ろす山のちょっとした高台のベンチになぜか行き着いて、そこには来る人はなく、こんな絶景を独り占めしていいのかなと思いながら、それ以前に木々の間を山道を歩きながらもうすでに、なぜか涙がこぼれました。




夜は星をたくさん見ました。オリオン座も北斗七星もはっきりと見えました。とても大きく見えたのは気のせい?
チーズがとてもおいしかった。
ダボスの地元の人たちが集うカフェが私のお気に入りの場所。
朝食のビュフェで迷っていたら、あれこれ説明してくれて順番に着いて廻ってくれた優しいレジのおかあさん(もっといい呼び方ないかな・・)、タクシーを探すのに困っていたら手をつないで駅まで一緒に走ってくれた見知らぬホテルのフロントのおかあさん(ほんとにもっといい呼び方があってほしい・・・親しみのある年配の女性の尊称ってないですか?)、イタリア語とフランス語しか話せない(私は日本語だし・・・)のになぜかいっぱい会話したタクシーのおじさん(おじさんという呼び方は普通にしっくりくるのはなぜ?笑)、日本の曲を演奏してくれたレストランのピアニストのおじさん、ありがとう。
街の人たちはどんなすごい人たちが来ようといつもと変わらないのんびりとした様子。
動揺したり、興奮している様子もなく、相変わらずのおだやかな日常。
ダボスにはそんな立派なホテルはありません。どんな立場の人も大都市にあるような待遇を受けることはできません。そうして、街の中は雪ですべるためにみんなゴム底のしっかりした靴を履き、歩いて会場を渡り歩くことが普通です。


スイスの中でもけして便利とは言えないこの場所に、世界中から要人が集まって世界の諸問題について話し合うというのはなんだか信じられないような気がします。
そのために整えられた環境ではなく、お祭り騒ぎもなく、特別なサービスがあるわけでもなく、だけどここにこれだけの人を集める力って一体何なのだろう?
どんな立場の人もこの大きな自然の中で、ただひとりの人として原点に返ることができるからかもしれません。
今日の私のように、人はきっと情報を理解するときにどこかで自分に都合よく、自分のフィルターを通して処理してしまいます。
もちろんそうすることでしか自分の中に取り込むことはできないのでしょうから、いつもそれがどこかで歪んでいないか注意深く慎重でなければならないし、自分のフィルターを世界に開かれた性能のいいものにしておく努力を怠ってはならないと思います。
そして、情報自体がすでに伝える側のフィルターを通しているということを忘れてはならないのですよね・・・。
聞きかじりの情報だけで安易に判断して感情的になったり、煽動されることなく、きっと私たちは世界と向き合いながらもそれぞれが担っている役割をただひたすらに果たし、その平和な日常の豊かさに感謝して自分で幸せを発見していかなくてはならないのだろうと思いました。
あたりまえにあると思っているものの中にある喜びや楽しさを見逃さないように・・・。