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2008年04月29日 『とりとめのない4月のご報告 その2』

明日で4月が終わってしまう!(汗)
すべりこみで4月のご報告のつづき・・・

6月には3つの大きなコンサートがあって、まずはそのお知らせを簡単に。

●6月7日(土)第一生命ホール(東京・晴海)にて、森の会(芸大邦楽科生田流箏曲専攻の卒業生による演奏会)、今回は沢井忠夫作品集。
●6月26日(木)ロンドン・チェルシーフェスティバルにて、西陽子ソロコンサート
●6月29日(日)神楽坂・セッションハウスにて、西陽子ソロコンサート「LETTER 2008」2回公演(当初は28日の予定でしたが、29日に変更になりました!)

そのコンサートの打合せやリハーサルで、共演者やスタッフ、協力してくださる方々とお会いしておりました。
6月29日のコンサートは昨年のシリーズの続きで、少し大掛かりになり、プログラムは高橋悠治さん・斎藤徹さんの新作初演や復元楽器・箜篌(くご)の演奏(曲は三輪眞弘さんの「蝉の法」)、沢井忠夫作曲「楽」、私自身の即興演奏です。そして、今回は兼古昭彦さんによる美術映像演出。いろんなお話の中からどんどんイメージを膨らませてくださっていて、新作発表と彼とのコラボレーションが今回の核になっています。
コンサートの新しいかたちをみなさんに体験していただけると思っておりますので、是非ご来場くださいませ!

そんなわけで、ロンドンで共演する音楽家の方々とも東京で初顔合わせがあり、新しい出会いもたくさん。また、森の会は同窓会ですから、懐かしい友人や先生方にもお会いしました。
忙しく動き回りながら、自分の音楽や活動について、あれこれと考える日々でもありました。

そして、またまた急に熊野に1泊の旅にひとりで出かけました。決めたのは1週間前!なんとなく今行かねば!という気持ちになったので・・・。

出発から波乱含み。
「今朝は珍しくちょっと余裕だなあ。」と思いつつ早朝出発。でも、この余裕があるときに限って必ず何か起こって結局余裕がまるでなくなるのが私のパターン(泣)。今回もやはり例にもれず・・・
ん・・・なんだかいや~な予感はしたのですけどね。
電車に乗ったらまず一駅進んだところで、放送が入り山手線がストップした模様。「まあ、都内だし、だいじょうぶだよね。」と思ったら続いて東海道線がストップ。我が横須賀線は、東海道線と途中から並行して走っているので、そちらのお客さんが横須賀線に殺到。大混雑!
「つぶれちゃうよ~」というくらい人がいっぱいで、ドアは閉められず、電車はどんどん遅れていきます・・・・(あー。もう、どうなるのー?!)

なんとか横浜に着いてホームに降りたら、すごい人で一歩も動けず。ホームの上はフリーズ状態!みんな固まってしまってる!私も固まらざるをえず、フリーズしながら空を見上げ、時計を見つめ、「さあ!どうするどうするー?」と考えます。(ま、まずは京浜急行に乗らなきゃ!)

で、ようやく階段を降りて改札を抜けて京浜急行の乗り場に行こうとすると、振替輸送のために改札付近は行列ができていて、駅員さんが縄を張って整理している・・・(もう搭乗40分前。これに並んでいたら絶対間に合わない!バスは乗り場もわからないからタクシーしかない!)

はしるはしるー!タクシー乗り場に直行。やっと順番がまわって運転手さんにお願い!運転手さんは「だいじょうぶでしょう。高速使えばぎりぎり間に合いますよ。」と言ってくれたので、よかったぁと安心して、しばし雑談に花が咲きます・・・・と、そのうち大渋滞。(えーっ?もう嘘でしょ?)
それまで和やかだったタクシーの中は、フリーズ(またもや!)。運転手さんも私も無言・・・(凍)
白浜行きの飛行機は一日2本しかないので、乗り過ごすともうほとんど旅自体をあきらめるしかないのですね。ですから、もうこの時点で私はほぼ80%はあきらめてました・・・
しかし、搭乗手続き締切り10分前に車が流れ始め、もしかしたら行けるかもー(期待)!運転手さんと私の会話も再開(笑)。

空港に着いたのは締切りの1分後。自動チェックインはできず、カウンターで直談判!お願いします(説得)
「では、今すぐ走ってください!」「はい!」

さあ、また。はしるはしるー!!空港の中を駆け抜けるー!

間に合った!(ばんざーい!!)

席に着いても息は荒く、ぜーぜー。でも、よかった!(笑顔)

「余裕」があるときには「危険」が潜んでいる←やっぱり今回も立証されましたねー。油断大敵!

そうして出発の時は雨だったのが、空港では曇り、熊野本宮に着いたときには見事に晴れました!次の日も青空が広がって、すっごくいいお天気。
しかも到着した次の日が大祭ということで、私の大好きな川沿いには誰もいなくて、わたしひとり。土手に寝転がってみたり、川に近づいて水遊びしたり、勇気を出して即興の歌を歌ってみたり、まるでこどもみたいに自然の中でくるくると動きまわり、時には語りかけてすごしました。
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湯の峰温泉に宿泊。ここの公共浴場のくすり湯が最高なんですよ!ほんとに湯治ということばがぴったりのひなびた町。夜は川の激しい流れの音だけが聞こえるんです。
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次の日は早朝5時起床。6時出発。新宮へ。朝もやに包まれた山々。きっと山が呼吸をしているんだ!と思ってしまいます。川は翡翠色。

速玉大社でお神楽を拝見することができました。祭礼の日でしたから。そして、神倉神社へ。たまたま神主さんが祝詞をあげるところで、またまた誰もいなくて私ひとり。「よかったら立ち会いませんか。」と言っていただき、儀式に参列(といってもひとりだけれど・・・)。お祓いまでしていただいて、「なんて幸運!」

それから那智大社に行き、那智の滝を見上げました。飛沫が冷たくて、とても気持ちがよくて、水が激しくたたきつける音は、心を揺さぶります。
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那智から新宮にもどるとき、電車の時間をまちがえて1時間空いてしまいました。まわりには何も無いし・・・・と思いきや海岸が近いと聞いて、1時間ただ青い海を眺めてすごしました。
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地元のひとたちがたくさん話しかけてくれました。神社の境内で、電車の中で、道で・・・・家族のように。
山や海や川、木々や石、太陽の光、風、そのすべてが歩んできた時間からすれば、私などどれだけ長生きしたってこどもみたいなものです。だから、こどもみたいな気持ちになれるのかもしれませんね。
「ねえ?こんなことがあったの・・・」と、報告して、「どうかなあ・・?」って尋ねてみたりして。
ただ、さやさやして、ざわざわしているだけなんだけど、それがなんとなく笑って見守ってくれているように思えるから、ちょっと泣きそうになります。
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帰ってきたら筋肉痛(苦笑)。走ったし、歩いたし、ね。
いい旅でした。

そして、昨日は、東京の夜景を思う存分眺めました。
都会は宝石をばらまいたみたいにきらきらと輝いて、高速道路は光の川。

ひとびとの夢のかたち。

じっと眺めていると、少しかなしくなります。
美しいと思えば思うほど、だからこそ、それがしゃぼんだまみたいにこわれやすいまぼろしに思えて、それをとどめておきたい思いがなおさら強くなります。

いよいよ、新緑の季節です。
輝きを放つちいさな石になりたい。そんなことを思ったりして・・・

2008年04月27日 『とりとめのない4月のご報告 その1』

日記を書きたいと思いながらいそがしくすごしているうちに、あっという間にもう新緑の季節に移りつつありますね。
今日まで、鎌倉まつりで奉納演奏をさせていただき、和歌山レッスンがあり、ふたつの勉強会があらたに始まり、6月にある大きな3つのコンサートのための打合せ・リハーサルなどがあり、そしてさらにひとりで熊野に一泊旅行し、友人たちと会う機会もすごく多くて、東京にもよく出かけ、睡眠不足が続きましたがようやく一段落。
とはいうものの、今も宿題が残っていて頭の片隅で「どうするのー?」とちいさな声で叫んでいます(笑)

鎌倉まつりは、今年夕方から夜にかけて行われ、静の舞だけでなく筝の奉納演奏もさせていただきました。5000人ほどの人出?(たぶん・・・)の中で、しかも野外でしたが、本殿に向かって一礼をして祈りをささげ演奏を始めると、そんなにたくさんの人がいることが疑わしくなるほど静かに演奏を楽しんでくださいました。夕陽が落ちて演奏が終わる頃にはすっかり夜の帳が下りて、そこから静御前が義経を想って舞った舞が披露されました。
こんな大きなおまつりで演奏させていただけるなんて、鎌倉の住人としてはとても光栄なこと。
ありがとうございました!

そして、ふたつの勉強会に今月から参加。
ひとつは、万葉集を読む会。スケジュールの都合もあって毎回参加というわけにはいかないけれど、ただひとりで万葉集を読んでいるのではなく、いろんな人たちの読み解きを伺って、ことばに含まれるたくさんの意味を知ることができたり、いろんな関連性を知ることができてとてもおもしろいんです。
それに、音楽関係ではない歌人の方々ともお知り合いになれたし・・・

もうひとつは、「糸」というグループで集まって、ただお話する会。勉強会というよりは茶話会かな。こちらは気のおけない仲間で、なんとなくしゃべっているうちにいろんなことのヒントが見えてきたりして、目的もなく集まるということってイマドキはあまりないことなので、なんかいい感じです。

そして、和歌山レッスンはいつもと変わらず。
8月のおさらい会の曲目も決まったので、これから熱気むんむんのレッスン室になっていくのはまちがいありません。

その合間に歯医者さんに通いました。
私のかかりつけのお医者さんは、全部和歌山のお医者さま。
東京や鎌倉では、なんとなく不安で・・・もうすでに和歌山ですごしたよりずっと長く東京・鎌倉に住んでいるというのに、月に一度の往復を欠かしたことがないせいか、根っこは和歌山にあるという意識が強いのかもしれませんね。というより、関東とか関西という意識がほとんどなくて、単に和歌山離れができていないだけかもしれません(笑)
でも、私は和歌山に生まれて育ったことは誇りに思っているし、大好きだからいいんです。

そういうわけで、歯医者さんにも、和歌山にいる間になんとかしてくださいと無理なお願いをして、治療の計画を立ててもらっています。もちろん整体の先生にも。
お医者さんだと普通は緊張するのでしょうけれど、すっかり信頼して安心しているせいか、歯医者さんでも整体でも、治療中にすぐ意識が遠ざかって寝てしまうのですね。
でも、それはきっと先生方がとてもいい先生だからです!
どの先生にも言われることはなぜか同じで、決まっているんです。
「無理はしないこと」「我慢はしないこと」そして最後に「でも、それが無理なんだよねー。」(笑)

いろんなことが同時に起こって、処理しなければならないことが積み重なり、睡眠不足が続き、疲れがたまっていく・・・・でも、そんなときには勇気を持っていったん休むことも大事なのですね。
今日は久しぶりにどこにも出かけずのんびり。睡眠時間もたっぷり。
そうすると、困難に立ち向かう元気が湧いてくるし、思考もいい方向へ。

突っ走るとき、引いてみるとき、それをうまくコントロールできたら一人前の大人にやっとなれるのかもしれない。と今ごろになって思っています・・・・・苦笑(遅すぎ!)

今、カエルくんたちの鳴き声が聞こえます。雨を呼ぶ声のように・・・季節は少しずつ次に向かって変化しています。そういえば、毎年やってくる鳥たちも我が家のベランダにまた帰ってきた気配。

4月のご報告はもう少しつづきます。

2008年04月04日 『卯月』

4月になりました。
1日は恩師・沢井忠夫先生の命日で、亡くなられてもう10年の月日が経ちました。
先生の声を電話越しに聞いた翌日和歌山に帰り、その日の夜半すぎに先生の訃報を聞きました。信じられないまま、翌早朝すぐに東京の先生のお宅にかけつけましたが、そのときの目黒川の桜が満開で、それがまたたまらなくかなしかったことを思い出します。

私が先生に出会ったのは、小学校3年生の頃。和歌山の私の先生のおさらい会にゲストで出演されていました。
そのときの驚きは今もしっかり記憶しています。こんな音がお筝で出せるなんて!とまばたきするのを忘れてしまうほどの衝撃でした。
その後、一年に一度はその演奏会で先生にお目にかかり、私の演奏をいつも舞台裏でわざわざ聴いてくださいました。母は私の演奏が終わって客席から舞台裏にかけつけると、廊下で先生が「よかったですよ。」と言ってくださるのがなにより楽しみでうれしかったそうです。

雲の上の存在・・・・憧れの先生でした。

小学校6年生のときに、当時こどもは教えないということでレッスンされていた先生がオーディションというかたちで私の演奏を聴いてくださり、大人扱いという条件で特別にレッスンを受けることを許可してくださいました。
そのときの感激は今も忘れることができません。

オーディションの日の前日に父が事故で緊急入院し、母は病院にかけつけたために、姉妹3人で心細い夜をすごし、確か近所の方が心配して面倒をみに来てくれました。
そんな思いがけないドタバタの中で、演奏会があり、母は着のみ着のままで・・・・でも演奏は無事に終えて、先生に合格のことばをいただき、母も和歌山の先生も私もうれし泣きしました。

そして、小学校6年生から毎月新大阪にレッスンに通い、ともかくミスはもちろんのこと、少しかすってしまった音がたったひとつでもあったなら、曲はあげて(合格)もらえないという厳しいレッスンで、技術をしっかりたたきこんでいただきました。
でも、それを苦に思ったことは一度もなくて、先生との合奏は心躍るほど楽しかったし、レッスンは毎回目の覚めるような発見の連続でした。
時々は、冷蔵庫からシュークリームやおいしいお菓子を出してくださいました。。。

思い出は語り尽くせません。。。

芸大に入学して、3年生になって芸大定期演奏会に出演することになり、「くり甲」という演奏家としては当然持つべき楽器を私は持っていなくて、内心、どうしよう・・・と悩んでいたときに、先生は象牙作りの一番高価な柾目の楽器を貸してくださいました。
3年生は、定期演奏会に初めて出演するのでもちろん大合奏の後ろの方でちいさくなってるのですが、楽器が身分不相応に立派だったので、目立ってしまって先生や先輩方に必ず「これは誰の楽器?すごいわねー。」と声をかけられ、恥ずかしくて余計にちいさくなってしまいました・・・

4年生で卒業演奏会にはいよいよ必要で、そのときに両親と先生が相談して、先生が「卯月の翠(みどり)」という柴田南雄作品の初演をしたことから「卯月」と名づけられた筝を譲っていただくことになりました。

先生と両親が私のために贈ってくれた大切な楽器

その後は自分で楽器を何面も買っていますけれど、海外に行くとき、新しいことが始まるちょっと不安の混じったとき、私は必ずこの「卯月」を持っていきます。
プロの演奏家として出発するときに支えてくれた楽器・私を育ててくれたひとたちの思いの詰まった楽器、そして、先生の形見。だから、きっと助けてくれるんじゃないかと思って・・・・

1日の夜は、この楽器を出して、先生のソロの作品を順に弾き、ひとりで追悼演奏会。どの曲にも思い出があり、先生の記憶が重なります。
これからもきっとさらにさらに思い出は増えていくのでしょう。


さくらの花びらが風に吹かれて少しなびいて舞っている・・・

先生に出会わなければ私はこうして今お筝を弾いていなかったかもしれません。
たぶん別の生き方をしていたのでしょう。

たくさんの思いをこめて奏でる音は、
さくらの花びらのように静かな夜に漂って
ほのかな匂いを残して消えていく

どこへ・・・・・
どこまで・・・・・

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