昨日、無事ドイツより帰国。
日本に着いたら、桜は満開。
桜の花には、たくさんの思い出があります。恩師・沢井忠夫先生が亡くなられたのも、ちょうど桜が満開の日でした。音楽も花も不思議に美しく記憶を甦らせてくれるような気がします。
「LETTER」のコンサートにいらしてくださった方々、また当日お花を贈ってくださった方々、ほんとうにありがとうございました。御礼の気持ちをお伝えするのが遅くなってしまってすみません。
最高に幸せなお誕生日にしていただき、感謝の気持ちでいっぱいです!
終了後ひとりで成田に向かいながらみなさんにいらしていただけた喜びと同時にこれでよかったんだろうかという疑問がぐるぐると頭の中を巡りました。
演奏中の外の車の音が予想外に大きかったことが私に重くのしかかっていました。
街の中で音楽会をするということ。日常の中に音楽を持ち出すこと。
もっと昔なら、自然があって、静かで、そんな中で音楽はゆっくりと流れ、外の音との違和感もなかったのでしょう。
現代の都会の現実は、車の騒音と雑踏のざわざわした音でいっぱいです。そんな環境の中で、ほとんどの人はホールという専用の閉じた空間に行くかヘッドホンの中から流れる録音された音によって音楽を聴くことになります。
生の音をもっと身近に届ける環境を作ることはできないのだろうか?というのが私の今回のコンサートシリーズのひとつのきっかけでもありました。なのに、誰よりも私自身がまずその環境にものすごい居心地の悪さを感じてしまっていたのですね。音の微妙な彩りや揺らぎが伝わらないという焦燥感。
整った環境に慣れすぎていたのは実は自分自身だったのです。
整わない条件の中でできること。現実を受け入れること。
外の雑音に負けないようにPAを使って音を増幅しすることやたくさんの音で埋めてしまうことならごくあたりまえにできることですし、強いものにはさらに強いものをという「競争」の論理みたいなものは持ち込みたくない、排除することもしたくない。。。だとしたら何ができるだろう?共存できる音楽はないのかしら?
今はそんなことを考えつつ、夏に向かってまた新たに模索していくことになりそうです。
きっと何か見つかるはず!と思っています。
そして、次の日からドイツへ。
疲れていてもいなくても飛行機では熟睡できる私ですが、今回は特に離陸したのすら気づかず、シートベルトを締めたら即爆睡。アラスカ上空で真っ白な風景を見ながらハーゲンダッツのバニラアイスクリーム。これにはちょっぴり感激!機内食はいつものことながらほとんど手をつけず、ともかく寝る寝る寝る。。。
そして、フランクフルト到着。ジーンが迎えに来てくれているはず。10分程していつものごきげんなまるで英会話の教材を聞いているような端正な英語でごあいさつ。
それから列車でドルトムンドまで。
移動して着いたらもう夜。「えっ?これからリハーサル?」(ガーーーン(>_<))
というわけで、楽器を開き、疲れてボケた頭で軽く譜読みのリハーサル。ここで、笙の石川高さん、三味線の田中悠美子さん、ギターの内橋和久さんと会いました。みんな、今回いっしょだってこと、ここ2,3日で初めてわかったんだよね~。
石川さんと内橋さんはウィーンから、悠美子さんはパリから、私は東京から。東京では会えなくてドイツで会えるなんてね!なんか楽しい!
明日はケルンでリハーサル?
ともかく寝る寝る寝る。。。ヒマさえあれば寝るー。ホテルの近くにはお店もないし、リハーサルと食事の時間以外は寝てばかり。
そして、27日本番。
現代音楽を中心に演奏している男性トリオ(ピアノ、クラリネット、チェロ)との共演があったのですけれど、ほんとにとってもすてきなひとたちでした。音楽が大好きで演奏ももちろんすばらしく、かといってピリピリ感もなく、明るくて陽気で親切、ユーモアもたっぷり。彼らの目は澄んでいてとてもきれいでした。
そして本番直前。「ヨウコ、ヨウコ!!オキャクサンダヨ(英語です。もちろん。)」と私を呼ぶ声。「えっ?」と振り返ったら、なんと!高校時代の同級生U君が奥さんといっしょに!!!
パリから5時間かけて車で来てくれたのです。
びっくりするやら、感激するやら、大興奮!!!
メールでちょっと前からやりとりはしていたものの、今回の演奏旅行は全然情報もなく、私もドイツに到着するまで宿泊するホテルも音楽会の内容も共演者も全くわからず、往復の飛行機を確認したのと、空港まで絶対迎えに来て!とメールしただけ。曲目さえもわかってませんでしたから、彼には連絡してなかったのです。
なのに、ネットでドルトムンドと私の名前で検索したら出てきたらしく、私より内容に詳しかった(笑)
しかも、ドイツのアンサンブルのひとたちとすでに親しくなっていたし。。。(笑)
ただただ感激!終了後は打上げの方を失礼して、U君夫妻としゃべりまくりました。コンサートの話や思い出話。話は尽きない。
「連絡もないし、どうなってるのかわからないから、フランクフルトまで迎えにいってやろうかと思ったよー。」と言ってくれました。うー。持つべきものは友ですね(涙)
私もジーンが来なかったら、彼に連絡して、フランスで遊んで帰ろうとは思ってましたけど。。(^_^;)
ほんと、ありがとう!楽しいドイツの一夜でした。
演奏は、高さんと悠美子さんと私がそれぞれソロを1曲ずつ。それからトリオのひとたちを含め全員でジーンの曲。そして、即興。
音楽の話をたくさんしました。内橋さんも高さんも悠美子さんも世界中で活躍してらっしゃる音楽家。だから、パリやベルリン、ニューヨーク、もちろん東京も、いろんなところの今の音楽シーンの話が飛び交います。私は、ふむふむと聞いているだけだけどすごく興味深い。
高さんと悠美子さんと私は「糸」というグループで一緒に活動していました。個人の音楽の話もちょっぴりしました。みんなそれぞれにあの頃とは違った地平にいて、やりたいことも見ているところも変わったんだなあと思いました。それでも、「音楽」しているときの感じや「音」に対する姿勢みたいなものはすごく共感し、もちろん尊敬の気持ちは変わりません。こうして変化しつつもどこかでまた出会って一緒に演奏できることはなんともいえない喜びであり、幸せです。
3人でいるとなぜか爆笑モードになるのもまた楽しい。何か特別なことがあったというわけでなくどうでもいいことなんだけれど、どういうわけかこの3人のときにはお腹が痛くなるほど笑い転げてしまうんですよね。いやはや、苦しくなるほど笑いました!!
コンサートにいらしてくださった方々、支えてくれたスタッフのみんな、尊敬する音楽仲間、出会うひとたち、応援してくれる友人。。。ほんとにたくさんの方々にただただ感謝。
あらら。。音楽についての話題がちょっとしかなかったかな?
U君が、高校時代にはお筝弾いているより「大地讃頌」の伴奏ピアノ弾いてた印象の方が強いと言っていました。私は、クラスでのできごとに鈍感すぎたことはあってもごく普通のこどもだったし、みんなといっしょに笑える高校生活を送りたかったからとても楽しかった。
大学に入って東京に来て、芸術をめざすなら強烈でなくちゃいけない。みたいな空気が漂っていて、それがちょっとしたコンプレックスだったかもしれません。
でも、今はまたこどもの頃とおんなじ、自分の心に素直に多くのことを感じ、その中から考え、表現していけたらいいとただそれだけを思っています。
「音」の中に生きる幸せ。自由。
「伝える」「届ける」「運ぶ」。。。
耳を澄まし、目を見開き、身体中の感覚を開いてたくさんのものを感じ取って、それらは私自身にしみこんで時間をかけて私自身を変えてゆく。
演奏家は、自分自身が楽器みたいなもの。音は私が出しているにちがいないけれど、そこには私の中にしみこんだたくさんのものごとがあるのです。
創作ではなく、ただ私自身を介在させるだけ。だとしたら私はアーティストではないのでしょう。
即興演奏も曲や詩をかくときも、私の場合は自分の身の回りにある音やことばを拾って並べたり、あるいは組み合わせるだけ。こどもが石ころを並べて遊ぶのと同じ感覚。始まる前には何の準備も目的もありませんし、計画性もないのですから。。。
性能のいいアンテナでありパイプであること。今はそうありたいと思っています。
リアルタイムに音のいのちをいくつもいくつも見送っていくとき、そこには「削除」や「消去」というものはありえません。
そして、「再現」という「再会」も。
だからこそ、美しくいとおしい。
音の深い魔力は、それ自体が狂気なのかもしれません。
だからこそ、その底知れない力を知り、携わる私自身が「普通」でなければならないとも思うのです。
でもね、そもそも「普通」って何なのでしょうね?