昨夜宮古島から帰ってきました。
前回の日記でご心配をおかけしてしまったみたいでごめんなさい。
けしてぼろぼろになってるわけじゃなくて、生活自体は普段と変わらず、今回は日々のことでなんとなくごまかしていくのではなくひとりでじっくり考えるという時間を作ろうという決心。
そういう意味でとても前向きな「ひきこもり」でした。
心配してくださった方々、ありがとうございました。そして、個人的なことでお騒がせしてしまって申し訳ありませんでした。
宮古島へは、6日の早朝に出発。その日のお昼前には到着して、その日はタクシーで島を一周案内してもらい(4時間で一周できてしまうんですよ!)、7日も8日もホテルの目の前にある与那覇前浜で一日すごしました。3日間ずっといいお天気に恵まれ、夢のような時間をすごしました。
タクシーの運転手さんは宮古島に代々住んでいる方で農業の合間にこのお仕事をされているそうです。この島のタクシーの運転手さんはほとんどそうらしいです。今はちょうどさとうきびの収穫期なので、明日も一日畑で仕事だよ。とおっしゃっていました。年齢はたぶん私とほぼ同じくらいかな?運転手さんとお話をしながら宮古の博物館にも行きました。
小さい頃は貧しくてお米を食べたことがなくて、お芋ばかりだったこと。
家には大きな甕があって昔はどこの家でもお味噌を自分たちで作っていたこと。その甕は今となってはじゃまなんだけど「がんばってくれた」という思いがあってどうしても捨てられないこと。
今は生活が豊かになったけど、みんなで何かをするということが少なくなったよ。昔は食べるものも全部近所で助け合って分け合ってたからね。とか、
さとうきびの収穫期は1月~3月で、その間だけ働いて残りはずっと遊んでるひともいるよ(驚!10ヶ月も何して遊ぶんだろう?)とか、
東京に行ったときゆっくり歩いてたらどこにも行けなくて、東京のひとはかわいそうだなあと思ったよ。自分の好きなはやさで歩くこともできないもんね。とか、
結婚式で東京に行ってみんなでお酒を飲んで、後から来た請求書を見てあまりにも高くてみんな目が飛び出た!とか、
ここでは15℃くらいになると誰も仕事に来ないよ。みんな遅刻。理由は寒いから(爆笑)。とか。。。
最初は無口だったのに、どんどんいろんな話を聞かせてくれます。最後にお支払いするときも、最初に約束した金額よりも安く言ってくれて、でも時間超過してたし、って、私と押し問答。
ほんとに心のやさしい方でした。ありがとうございました。
2日めは、グラスボートに乗りました。
サンゴ礁に間にきれいなおさかながいっぱい泳いでるのが見えます。サンゴ礁がさかなたちのおうち。
海の底に広がる世界。
そうですよね。自分たちの生きてる目の前の社会だけが世界じゃない。こうして海の底にはひとつの世界があって、山には山の世界があり、空には空の世界があり、大地の下にはまた世界がある。空気中にだって見えないだけでいろんな菌が浮遊している。。。。
グラスボートを操縦する女性に、いきなり「宮古島に住みませんか?」と言われびっくり!「私も福岡からここに来てひとめで好きになって住んじゃったんですよ。ここでは食費はいらないですよ。近所のおじいやおばあが全部食材くれるんですよ。」って。
そっかあ。。まだ島の生活はなくなったわけじゃないんだ。。住むかぁ。。。そこまでは今のところ決心できないなあ(^_^;)
3日めは夜の便だったので、一日海辺ですごしました。
シーズンオフだからか浜辺には誰もいなくて、こんなきれいな砂浜をひとりじめできるなんてすごく幸せ。
砂は珊瑚が砕けてできたものだから細かくてさらさらで素足にとても気持ちいい。紫外線も気にせず、靴を脱いで海に入ってちゃぷちゃぷ。砂浜を走る。貝殻を拾う。波のちからは強い。
小さな波だったと思うと今度は大きな波。どんな波が次に来るか予想できない。だから、波とおいかけっこしても一向に飽きない。海に遊んでもらってる私。。。
パラソルの影に入って寝転がってひとやすみ。波の音と鳥の声。たまにひとの声。
誰かが三線(さんしん)練習してる。。。けしてうまいとはいえないけど、なんとも心地よい。
いい音だなあ。。。
いつの間にか音楽のことを考え始めてる。
この三線の音もこの場所でこの環境で聞くからいいんだよね。きっと。
都会のアパートなら騒音になりかねないし、町の雑音に消されちゃって聞こえないかもしれない。
琉歌は、人頭税と貧困にあえいだひとたちの生活の中から生まれた歌。そこにはただ苦しさを訴えたものやかなしいものだけでなく、恋愛の歌や楽しい歌やふざけたような明るい歌もある。どれもかなしく美しく、そして強く心を揺さぶります。
今も沖縄のひとたちにとって音楽はごく身近なもので生活の一部。戦後のもののない時代にあってすらカンカラ三線を作って音楽を求めました。どんな悲惨で過酷な状況の下でも、だからこそなのか、音楽に寄り添い、求め、生きてきたように思えます。それゆえ強く、軽やかで、激しく、おだやかで、残酷で、限りなくやさしい、あるゆる矛盾すらものみこんでしまう美しさ。その底に流れるいのちというエネルギー。その目線は現実を超えていつの間にかはるか彼方へと向かっている。
まるで海のようだなあ。。
ことばとおと。
わたしたちにはこんな音楽は作れない?
過去のかたちを懐かしんでまねてみてもしかたがない。。今生きるわたしたちのことはわたしたちが考えなくちゃなりません。
わたしの音楽は何かを強く伝えているだろうか?
生きてゆくための何かを、生きるということ自体に寄り添っているだろうか?
今は豊かな時代だからそんなことはもう無理?
そうでしょうか?
相変わらずたくさんの病気があり、社会には物質的に豊かだからこその闇(病み)とそこから過去にはない苦悩が生まれ、世界に目を向ければ貧困や飢餓もなくなったわけでなく、また医学や技術が進歩したことによって生じる問題があり、相変わらず生と死はどんなひとにもやってくる、すべてのひとがすべての世界が自己矛盾を抱えているんじゃないのかしら。
そこに、今、わたしたちの音楽は果たして寄り添っているだろうか?
そんなことを考えなくてもいいのかしら?
これってうざったいことですか?
自分のことはどうなった?とふと我に返ると、正直、忘れてました。。(汗)
でもね、こうして気づかせ、考えさせてくれたことに感謝です!
過去は消せないけど、よくないことを「肥やし」のようによいものへ転化することはできるかもしれない。
調合をまちがえれば薬は毒になります。
何かに気づいたらその声に素直になって耳を傾け、恐れないで逃げないでじっと見つめてみること。その大切さをあらためて感じています。
全部に結論が何も出ていないし、問題は広がり増殖し続けるだけで終わりは見えません。
どこまでつづくんだろう。。。
ともかくも、お筝弾きます!わたしにはやっぱりこれしかないんです!お筝がきっと私にとっての海なんですね。
あ!そういえば以前にお筝の表面の部分を「海」と呼ぶこともあると聞いたことがあります。真偽のほどははっきりしませんが、すてきな呼び方ですよね。。。

西側。池間大橋から。

これが現実だなんて信じられない!!!

この船でおさかなたちを見に行きました。与那覇前浜。

みずいろ。

東側の海岸。東平安名崎。
そして出会ったお花たち












たくましく空に向かって!

たいせつなたからもの。