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2007年02月28日 『天知る 地知る 我知る』

昨日、一通のお手紙が届きました。
私が小学生のときにお世話になった先生からです。和歌山に帰ってもレッスンだけで時間がすぎてしまうので、なかなか先生にもお目にかかれず、それでも一年に何度かのお手紙のやりとりだけはずっと続いています。

先生のお手紙の文字はたよりなく震えていて、今は息子さんたちも遠く離れたところで暮らされているためにひとり暮らしであること、去年腰を痛めてからはからだもご不自由になり手が震えて思うように文字も書けず、ヘルパーさんの助けを借りて生活されていることなどが書かれていました。

思わず郵便受けの前で涙があふれました。

先生に出会ったのは、小学3年生のとき。
背筋がピンと伸びていて、きりりとした、まさに教育者という風格があって、小学生の私もたぶん生徒はみんな「こわい先生だなあ。。」と思ったにちがいありません。
教室に入られて、まっさきに黒板に書かれたことば。

『天知る 地知る 我知る』

「どんなことをしても、どんなことを言っても、天は知っています、地も知っています、そして自分のこころも知っています。わかりますか?」
小学校3年生のこどもたちにとっては聞きなれない難しいことばだったかもしれません。
私にとっては、衝撃というか、心にずしんと響くことばでした。
その後、このことばは私の心にいつもあります。

予想通り厳しい先生でした。その頃、校庭の落葉を掃除することも3年生の仕事で、竹箒を使っていました。なかなかうまく使えなくて困っていたら、先生がやって来て「箒はこういう風に使わないと先がすぐだめになるのよ。チリトリにはこうして入れるのよ。」と、それは鮮やかに掃いてみせてくださいました。
字も先生と同じ、きりりとしていて、しかも流れるような美しい達筆でらっしゃいました。

近寄りがたい先生でしたけれど、先生の熱意は生徒に伝わります。
ひとに厳しくするということは自分に対してその何倍もの厳しさを課さなければならないということです。
自分の言ったことばには責任を持たなくてはなりません。
こどもたちだってよくわかるんですね。
叱られても納得できる威厳みたいなもの・・・これこそが「尊敬」というものなのだと思います。
授業にはいつも緊張感がみなぎっていました。
先生が何かを強制したわけでもなく、「静かにしなさい。」とおっしゃったわけでもなく、先生の威厳というちからのみで教室の空気は先生が入室されるとすぐにしんと鎮まりました。

先生が転任されるときに、みんなでお花を渡したら、先生は泣いていらっしゃいました。そんな先生を見たのはみんな初めてだったから、みんなも、もちろん私も泣きました。
その後も、和歌山で私のコンサートがあるときには必ずお祝いにいらしてくださいました。
先生のお宅を訪ねたことも。。。庭先からお部屋の中まできれいに掃除されて清らかで張り詰めた空気が漂っていたことを思い出します。

私は幸運なことにすばらしい先生方に出会ってきました。
どの先生も、威厳に満ちていて、「先生」という字の如く、先を歩んでいらっしゃいました。目の前のことではなく将来のことを考えて厳しく育ててくださいました。ですから、そういう先生方のおことばは、そのときにはすぐにわからないけれど、後になって、遅いときには何年か経ってからようやく実感し、理解できるということが多いように思います。

「やさしさ」は「あまさ」ではありません。
自分のことをなにより理解し、考え、見守ってくださったことは「尊敬」と同時に「信じる」ということを教えてくださったように思います。

3月、和歌山へ帰った折に、時間を作ってお手紙をいただいた先生を訪ねようと思います。
どうかお元気でいらしてほしいと祈りつつ。。

2007年02月27日 『こどもちゃんレッスンでの会話①』

私の生徒さんの中に、小学生のときから通っている中学生の女の子がいます。
レッスンの合間やレッスン終了後に楽器を片付けながらする会話はなかなかほのぼのしていいものです。というか私が「参った(>_<)こどもにはかなわない!」と思うことが多いですけどね。。。

 「じゃあ、今日のレッスンおしまいね。また今度までしっかり練習してらっしゃい。」
女の子 「はい。ありがとうございました。」
 「おつかれさま。楽器片付けましょうね。」

・・・・・・・片付け作業をし始める(がさがさ。しゅっしゅっ。)・・・・・・

 「ところでね、こどもちゃんでももちろん落ち込むことあるでしょ?落ち込む期間ってどれくらいなの?」
女の子 「たいてい、次の日には忘れてますよ。」

 「はやっ(^_^;)。で、でもさぁ、たまにすごくガーンとくることもあるでしょ?おっきな落ち込み!」
女の子 「ああ~、ありますねぇ。。。そのときはさすがにこれは何なんだろうって思うんですけど、2,3日してともだちとしゃべってるうちに忘れちゃうんですよね(^_^)」

 「ええっ?大きい落ち込みでも2,3日なのー?(~_~;)(な、なんと!十分はやいよ!)」
女の子 「えっ?先生、そんなに長引くんですかぁ?(^.^)」

 「(ドキッ(+_+))
ま、まあね。。。(ーー;)(大人にはいろんな事情があんのよー。そんな簡単にはいかないんだからぁ。。。しかし、やっぱりこどもちゃんは心の新陳代謝も激しくいいわけね。ふ~ん。)」

女の子 「へえ~。学校でどんなに神経質な子でも長くて一週間ですよー。みんなすぐ忘れちゃうんですよねー!(^◇^)」
 「えっ?(・_・;)そうなの?
(な、長くて一週間?こどもたちおそるべし(+_+)。く、くやしいーーー(>_<)。完敗じゃ!マイリマシタm(__)m。って別に張り合わなくてもいいんだけどね。。。。この無垢な単純さにはかなわんかなわん(*^_^*))」

「まあね、落ち込むようなことをすぐにすっかり忘れるのはいいことだけど、今日レッスンで注意されたことは忘れないようにね。(ー_ー)!!
(ふむ。ちょっぴり意地悪だったかしらぁ?)」

女の子 「はぁーい(^_^)v(屈託のないとびきりの笑顔)」
 「。。。(全然応えてないねぇ(^_^;)やっぱり!まっ、これがいいんだよね!)」

我が家のお手洗いには、私が旅行したときに必ず買ってきては集めているちいさなガラスの動物たちが飾ってあります。
彼女が帰った後は、その並び方がいっつも変わっていて、それを見るたびに、にっこり笑ってしまうのです。

2007年02月25日 『三つの復活』

風邪をひいてしまい発熱。ここ2.3日は家の中で北風の音を聞きながら寝たり起きたりの生活。。
ぐすっ。。行きたいコンサートにも行けなかった。。(涙)

今日、ようやく復活。
しかし、久々に外出したら花粉にやられてしまった(ガ~ン(>_<))治ったと思っていたはずの花粉症も見事に復活?(しゅん。。。これは復活しなくてもよかったのにーー。)玄関に飾るお花を買ってきたはいいけれど、お花を飾るワタクシはめがねにマスク、性別すらナゾのあやしいイデタチ。。。ふぅ~。

そうです!!ご報告があるんでした!!

来月、3月24日(土)、ついに(大げさな(^_^;))私のコンサートシリーズ「LETTER」再開します!!
東京・三田のすてきなお花屋さんで始めます。ここで季節に一度のコンサートを開いていきます。
まずは、春のコンサート。
詳しくは後日スケジュールにアップしますね。是非是非聴きにいらしてください!!
演奏曲目もほぼ頭の中では決まりつつあります。
「音」と「ことば」にこだわりつつ、過去に演奏した大切な曲、即興演奏、それから、自分でもちいさな曲をかいて発表したいと思っています。
ゲストもそのうちお招きしたいし、いろんな試みをしていきたいと思っています。
自分でも「なかなかおもしろいぞ!(自画自賛)」というアイデアも浮かんできましたし、今もう一度弾きたい!と思う曲や大好きな歌、そしてことばを連ねて音を重ねていく創作や編曲も!

まずはソロコンサートでスタートします!

みなさまのご来場をお待ちしています!

そうそう、2.3日の間にどれだけ睡眠をとったかわからないほど眠りましたが、なぜだか夢に「青森」が登場。
3年ほど前に突然青森に行きたいと思って買った「るるぶ」があったことを思い出し、ぼんやり眺めて、今度の旅行先は青森かなあ。。。なんて。
和歌山もそうだけど、沖縄といい、青森といい、私は「端っこ」が好きらしい(笑)


2007年02月22日 『「音」と「ことば」について今思うこと』

最近、音は空間を作るものじゃないかしら。と思うのです。
あたりまえのことかな?

演奏者は楽譜に書かれていることを実際には演奏するのですが、実はそれ自体ではなくそのひとつひとつの音が空間を作っていくことが大事なんじゃないかと思うのです。
ほとんどのひとはたぶん実際現れる音の連なりに耳を澄ませ、そこに自分の身を置こうとします。
だけど、極端に言うと音自体はどうでもよくてそこに生まれた空間、空隙にこそ音楽はあるんじゃないかしらと思ったりするのです。

たったひとつの音をどこに置くか。それによってその空間はあるひとつの色彩に染まります。それは、空間を限定するということにもなるのかしら。
カメラのファインダーの中におさめるように限定することで空間の密度は高まり、広さから深さへ方向転換が行われ、そこには発見があり、逆にその枠の外を意識することができます。

とすると、音を置くということは境界線を引くということ?音は境界線?

ことばが音と重なって、声になり歌になるとき、そこにはひとつの「場」ができます。
文字で読むだけならそれはどうしたって個人のものになりがちですし、自分の世界から外に向かうことも共有するということも難しいですよね。

「場」を作るために音はある?
「音」は外に向かって開くちからを持っている?

歌はひとりでだって歌うけれど、それはどこか外に向かって開いていて、楽器を弾くという行為もたったひとりであってもどこかに開かれている。たったひとりでもそこにはもしかしたら自分自身の「場」というものが開かれているのかもしれません。
合奏の楽しさも音楽の楽しみも、音の連なりそれ自体ではなく、そこに開かれた「場」ができるからじゃないでしょうか。

「ことば」はおそろしいほどのちからを持っています。ひとのいのちを奪うことも救うこともできます。
傷ついたできごと、救われたこと、記憶の中にあるもの、支えてくれているもの、それは、放ったことば、放たれたことば、放たれることのなかったことばであったりします。

「ことば」が声を伴ったりあるいは歌になるとき、過去の凍結された記憶なら解凍されて、現在のできごとならそこには流れが生まれ、まるでいのちを持ったかのように動き始めます。口から発して耳から聴く(振動はからだ全体で感じているけれど)という循環の中でことばはからだの内側と外側を巡ります。
同じことばをやさしいトーンでゆっくり話す、早口で怒鳴る、これでそのことば自体の意味は全く変わってしまいます。声に出すということはある限定したいのちをことばに与えてしまうということでしょうか。

放ったことばは取り戻せない。だから、ことばを発するときは誕生のよろこびと消えていくかなしみに満ちている。
そして、なにより大切にしなければならない瞬間。


「音」と「ことば」が寄り添うとき、そこにはひとつの大きなちからが集まった「場」が生まれます。
外に向かって開かれ、すべての矛盾を包含し、さらに許しあい共有できる「場」。
まるで人間の一生みたいにさまざまなできごとが混沌と存在できる「場」。
でも、逆になればそれは恐ろしいちからにもなるということです。

だから、ことばを使うひとは、音を使うひとは、それらを所有したなどという驕った気持ちをもってはいけないのだと思います。手のうちにあって自分の思うように操作できるという傲慢さは、やがて人間や自然すらも思うように操れる、操ろうという危険で愚かな考えに向かいます。

そんなはかりしれない力を持った「ことば」と「音」に、ある時にはしりごみしながらも強く魅かれ離れられないのは、生きるということがそれらに支えられているという実感があるからです。

何が言いたかったんだろう?
つまりは、ずっと「音」と「ことば」について考え続けているということなんですね。。。


2007年02月21日 『さあ!』

今日は鎌倉もぬけるような青空です。
さわやかに元気いっぱい、上を向いて、背筋を伸ばして、にっこり笑って、がんばりましょう!

まずはおそうじおそうじ(^_^)v

すてきな一日にしましょう!

2007年02月20日 『みじかいおはなし・ふたつめ』

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ささやく。さやさや。やさしく。さやけく。
ざわめき。さざなみ。

わあっとさわぐんだ!

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おはよう。めざめた?
ゆめはねがいだよ。

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さわってごらん。
でもね、あつくてやけどしちゃうかもしれないよ。

とおくまでとどけたいものがあるんだ!


2007年02月19日 『みじかいおはなし』

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しろいはなは
いえなかった。

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あかいはなは
しらなかった。

ただそれだけのこと?


2007年02月09日 『宮古島にて』

昨夜宮古島から帰ってきました。

前回の日記でご心配をおかけしてしまったみたいでごめんなさい。
けしてぼろぼろになってるわけじゃなくて、生活自体は普段と変わらず、今回は日々のことでなんとなくごまかしていくのではなくひとりでじっくり考えるという時間を作ろうという決心。
そういう意味でとても前向きな「ひきこもり」でした。
心配してくださった方々、ありがとうございました。そして、個人的なことでお騒がせしてしまって申し訳ありませんでした。

宮古島へは、6日の早朝に出発。その日のお昼前には到着して、その日はタクシーで島を一周案内してもらい(4時間で一周できてしまうんですよ!)、7日も8日もホテルの目の前にある与那覇前浜で一日すごしました。3日間ずっといいお天気に恵まれ、夢のような時間をすごしました。

タクシーの運転手さんは宮古島に代々住んでいる方で農業の合間にこのお仕事をされているそうです。この島のタクシーの運転手さんはほとんどそうらしいです。今はちょうどさとうきびの収穫期なので、明日も一日畑で仕事だよ。とおっしゃっていました。年齢はたぶん私とほぼ同じくらいかな?運転手さんとお話をしながら宮古の博物館にも行きました。

小さい頃は貧しくてお米を食べたことがなくて、お芋ばかりだったこと。
家には大きな甕があって昔はどこの家でもお味噌を自分たちで作っていたこと。その甕は今となってはじゃまなんだけど「がんばってくれた」という思いがあってどうしても捨てられないこと。

今は生活が豊かになったけど、みんなで何かをするということが少なくなったよ。昔は食べるものも全部近所で助け合って分け合ってたからね。とか、
さとうきびの収穫期は1月~3月で、その間だけ働いて残りはずっと遊んでるひともいるよ(驚!10ヶ月も何して遊ぶんだろう?)とか、
東京に行ったときゆっくり歩いてたらどこにも行けなくて、東京のひとはかわいそうだなあと思ったよ。自分の好きなはやさで歩くこともできないもんね。とか、
結婚式で東京に行ってみんなでお酒を飲んで、後から来た請求書を見てあまりにも高くてみんな目が飛び出た!とか、
ここでは15℃くらいになると誰も仕事に来ないよ。みんな遅刻。理由は寒いから(爆笑)。とか。。。

最初は無口だったのに、どんどんいろんな話を聞かせてくれます。最後にお支払いするときも、最初に約束した金額よりも安く言ってくれて、でも時間超過してたし、って、私と押し問答。
ほんとに心のやさしい方でした。ありがとうございました。

2日めは、グラスボートに乗りました。
サンゴ礁に間にきれいなおさかながいっぱい泳いでるのが見えます。サンゴ礁がさかなたちのおうち。
海の底に広がる世界。
そうですよね。自分たちの生きてる目の前の社会だけが世界じゃない。こうして海の底にはひとつの世界があって、山には山の世界があり、空には空の世界があり、大地の下にはまた世界がある。空気中にだって見えないだけでいろんな菌が浮遊している。。。。
グラスボートを操縦する女性に、いきなり「宮古島に住みませんか?」と言われびっくり!「私も福岡からここに来てひとめで好きになって住んじゃったんですよ。ここでは食費はいらないですよ。近所のおじいやおばあが全部食材くれるんですよ。」って。
そっかあ。。まだ島の生活はなくなったわけじゃないんだ。。住むかぁ。。。そこまでは今のところ決心できないなあ(^_^;)

3日めは夜の便だったので、一日海辺ですごしました。
シーズンオフだからか浜辺には誰もいなくて、こんなきれいな砂浜をひとりじめできるなんてすごく幸せ。
砂は珊瑚が砕けてできたものだから細かくてさらさらで素足にとても気持ちいい。紫外線も気にせず、靴を脱いで海に入ってちゃぷちゃぷ。砂浜を走る。貝殻を拾う。波のちからは強い。
小さな波だったと思うと今度は大きな波。どんな波が次に来るか予想できない。だから、波とおいかけっこしても一向に飽きない。海に遊んでもらってる私。。。

パラソルの影に入って寝転がってひとやすみ。波の音と鳥の声。たまにひとの声。
誰かが三線(さんしん)練習してる。。。けしてうまいとはいえないけど、なんとも心地よい。
いい音だなあ。。。

いつの間にか音楽のことを考え始めてる。
この三線の音もこの場所でこの環境で聞くからいいんだよね。きっと。
都会のアパートなら騒音になりかねないし、町の雑音に消されちゃって聞こえないかもしれない。
琉歌は、人頭税と貧困にあえいだひとたちの生活の中から生まれた歌。そこにはただ苦しさを訴えたものやかなしいものだけでなく、恋愛の歌や楽しい歌やふざけたような明るい歌もある。どれもかなしく美しく、そして強く心を揺さぶります。
今も沖縄のひとたちにとって音楽はごく身近なもので生活の一部。戦後のもののない時代にあってすらカンカラ三線を作って音楽を求めました。どんな悲惨で過酷な状況の下でも、だからこそなのか、音楽に寄り添い、求め、生きてきたように思えます。それゆえ強く、軽やかで、激しく、おだやかで、残酷で、限りなくやさしい、あるゆる矛盾すらものみこんでしまう美しさ。その底に流れるいのちというエネルギー。その目線は現実を超えていつの間にかはるか彼方へと向かっている。
まるで海のようだなあ。。

ことばとおと。

わたしたちにはこんな音楽は作れない?
過去のかたちを懐かしんでまねてみてもしかたがない。。今生きるわたしたちのことはわたしたちが考えなくちゃなりません。
わたしの音楽は何かを強く伝えているだろうか?
生きてゆくための何かを、生きるということ自体に寄り添っているだろうか?

今は豊かな時代だからそんなことはもう無理?
そうでしょうか?
相変わらずたくさんの病気があり、社会には物質的に豊かだからこその闇(病み)とそこから過去にはない苦悩が生まれ、世界に目を向ければ貧困や飢餓もなくなったわけでなく、また医学や技術が進歩したことによって生じる問題があり、相変わらず生と死はどんなひとにもやってくる、すべてのひとがすべての世界が自己矛盾を抱えているんじゃないのかしら。

そこに、今、わたしたちの音楽は果たして寄り添っているだろうか?
そんなことを考えなくてもいいのかしら?
これってうざったいことですか?


自分のことはどうなった?とふと我に返ると、正直、忘れてました。。(汗)
でもね、こうして気づかせ、考えさせてくれたことに感謝です!
過去は消せないけど、よくないことを「肥やし」のようによいものへ転化することはできるかもしれない。
調合をまちがえれば薬は毒になります。
何かに気づいたらその声に素直になって耳を傾け、恐れないで逃げないでじっと見つめてみること。その大切さをあらためて感じています。

全部に結論が何も出ていないし、問題は広がり増殖し続けるだけで終わりは見えません。

どこまでつづくんだろう。。。

ともかくも、お筝弾きます!わたしにはやっぱりこれしかないんです!お筝がきっと私にとっての海なんですね。

あ!そういえば以前にお筝の表面の部分を「海」と呼ぶこともあると聞いたことがあります。真偽のほどははっきりしませんが、すてきな呼び方ですよね。。。

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西側。池間大橋から。

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これが現実だなんて信じられない!!!

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この船でおさかなたちを見に行きました。与那覇前浜。

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みずいろ。

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東側の海岸。東平安名崎。

そして出会ったお花たち
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たくましく空に向かって!

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たいせつなたからもの。


2007年02月05日 『「わたし」という森』

気がつくと、節分もすぎ、立春。随分時間が経ちました。

あるひとつのできごとから、ほぼ「ひきこもり」状態で家にこもり、考え事と読書に明け暮れる日々をすごしています。
自己嫌悪という落ち込みから自信喪失に至るのはいつものこと。何度もこれを繰り返してはいるのですが、今回は「自分」というものの認識を根底から覆すもので、かなり衝撃的でした。
今までは、たぶん無意識にそれに蓋をし続けたり、ごまかしたり、逃避していました。
今回ばかりは、絶対逃げない!目をそむけない!と覚悟を決め、自分自身と対峙しようと思ってひきこもり生活に突入。

自己嫌悪もひどくなると「泣く」なんてことを通り越して、涙が出るどころか吐き気がします。おそろしく醜い自分の姿がこれでもかというくらいたくさん出てきます。魑魅魍魎、百鬼夜行。。。
体調も当然悪くなって、食欲は減退、睡眠も浅く、吹き出物は出てくるし、からだとこころはやっぱりつながってるんだと実感。
でも、それらをただ「汚い、醜い」と言って落ち込んでるだけでは結局今までとなんら変わらないし、その正体をしっかり見極めなくてはどこにも行けないと思って開けたくない目をしっかり見開いて分析していくうちに出たひとつの姿。

「裸の王様」

無意識に自分の理想や憧れる人間像があって、それに近づきたいと思って努力し、いつのまにかそれ自体になったのだと思い込んでいたということです。ところが、理想と現実には大きなズレがあって(理想は憧れから生まれるものですし、実際自分にないものに憧れるものです。)、それにずっと気づかないままなりきったつもりでいて、ある日突然鏡を見てしまった!という状態。
それはそれは恥ずかしいし、じゃあ、一体今までの私はなんだったのだろう?と過去を消し去りたい気持ちでいっぱいになります。でも、消し去って忘れることは逃げることだとまた踏みとどまって、過去のできごとをふりかえってみると、その浅はかさ、愚かさに頭を抱えてしまって悔恨の念でいっぱいになります。

ありのままの自分を見るってむずかしいことなんですね。。

自分の本来の性質や特質、能力を冷静に受け止めていくと、どんなものにも表と裏があってそれは生かし方次第。諦めてある意味では捨てなくてはならない部分もあり、これは磨けばいいと思う部分もあります。
もちろん矛盾もいっぱい抱えていますけれど。。。

たとえば、清らかであること、無垢であること→きれい→正しい。という風に考えたとして、果たしてその考えが横行するなら戦争の悲劇につながっていくんじゃないだろうか?
じゃあ、汚いことが必要?汚いってなに?

白黒はっきりすること→潔い→正しい?これだって危険な考え方ですよね。
じゃあ、曖昧にしておくことがいいの?
その場に応じてだとしたら誰が決断するの?それは正解?

正直であることはいいことだけどときには人を傷つける。
じゃあ、嘘はいいの?断じてよくない?

こんな疑問がいくつもいくつも頭の中でぐるぐるまわってわけがわからなくなって、結局「正しい」なんてことはほんとに決められるのか?という疑問で今のところ止まったまま。
「美しさ」も同じ。純粋であることは確かにきれいだけれど一面で穢れがないことは弱くて危険でもある。

今起こっている世界のできごと、日常のできごとにどんどん意識は向かっていきます。戦争、いじめ、貧困、詐欺、捏造。。。
自分自身の問題から始まったことなのに、いつの間にか意識は外へ向かっていきます。あらゆる情報が氾濫して、こちらの状態にお構いなしに投げかけらるとうんざりしてしまうけれど、こうして内側から情報を
欲して見ていくと、細かいことはわからなくてもすべてのできごとはリンクしていて、その種は実は自分の中にもあるということに気づきます。

あれもこれもありすぎると選べないし、自分を見失ってしまいます。こどもたちだってきっと「今の子は自分のやりたいことがわからない。」と言われても、こんなにいっぱいものがあって考えるひまもなく次から次へと与えられたら混乱してなんだかわからなくなっちゃうでしょうね。おなかがすくひまのないこどもたち。
大人もかな?

こんなふうにあれこれ考えられる時間があることは幸せなことなのでしょう。そんな時間を持つことができるひとなんてほとんどないのかもしれません。日常は忙しいのですから。
ぜいたくなことなんだろうなあ。
でも、私にも自分のことで悩んでいる時間などないときがやってくるかもしれないし、忙しい時期もあります。人それぞれに何かをするタイミングってあるのだろうと思います。
今、自分の目の前にあることにただ懸命であること。そうあるべきなのだろうと思います。

まだまだ深い森の中を迷走中。
音楽は私にとってはたぶん生きていくことと別には考えられません。すべてが混沌としていながらひとつのかたまりとなって存在しています。
ただ、感情の沼の中にとどまっていたらそこからは何も生まれないし脱出もできない。あふれる感情の先に行かなければ見えてこない景色もあると今は思っている最中です。
そして、もしかしたら「自分」というものを捨てたときに「自分」が見えてくるのかもしれないなあ。とも。。

明日から宮古島に行ってきます!

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