このページでは、JavaScriptを使用しています

« 2006年12月 | メイン | 2007年02月 »

2007年01月14日 『ヴォーカルデビューなどなど』

昨夜、東京・麻布のライブハウス・スーパーデラックスでロックバンドヴォーカルデビューを果たしました!というか、昨日歌った曲はどっちかというとポップスらしいです(^_^;)(今だに、ジャンル分けがよくわかってません。。)出かける前にデジカメの充電をしたまま忘れて出発してしまったので写真撮れませんでした。。残念。。。

中ザワヒデキさんの音楽作品集CD発売記念祝賀ライブで、出演者はいつもと違うことをするという趣旨のもと、私は勢いでヴォーカルということになりました。歌った歌は「Like a vergin」「I..Zimbra」「Hit」「Sing」の4曲。このような編成のバンド(ってこれはごくノーマルな編成なのでしょうけれど。。)で、ヴォーカル、しかも英語で。。苦手なことばかり、そして初体験がこれほど重なることもめったにありません。
家で練習しても、リハーサルでその音圧にまず負けてしまって冷静さを保てないし、後で録音を聴けばあまりのひどさにへこむばかり。。。あ~、どうしよう。。

さて、本番。出番は一番。満員のお客さま。。ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ・・・・・
楽屋で緊張していたら、中ザワさんが「どうして緊張してるの?意味わからん。。。」とひとこと。
うん!ですよね!ちゃんとしようなんて意識しちゃうからいけないんだわ!かくし芸大会なんだし、楽しくにぎやかにっていう趣旨なんだから、それに今さら急に音程よくなるわけでもないしね。。。ワカッテルワカッテル

しかし、舞台に立ったら予想通り舞い上がって、いきなり歌詞が全部飛んで真っ白(>_<)
1曲めのワンコーラス、ことばが出なくてただ「アワワワワ~*&%$#?&$%#+*>&$????」途中で「ゴメンナサイ~♪」。ツーコーラスめからなんとか立ち直り、それ以後は開き直って最後まで思いきり歌いましたー。2曲が終わった後、メンバー紹介のときに「いきなり歌詞を忘れてしまって失礼いたしました。」とお詫び。。。。バンドのみんなの演奏はよかったのに、中ザワさんのお祝いなのに、たくさんのお客さまが聴きにいらしているのに、、、うっ。。。でも、たぶん楽しく盛り上がったと勝手に解釈してます(汗)

わたしたちのバンドの後には、中ザワさんはじめ足立さん、三輪さん、松井さんのバンド。ぶっ飛んでました!!!しかもめちゃくちゃ楽しそう。中ザワさんは自転車に乗ってるし、松井さんは詩集破って撒いてるし、三輪さん靴下はきかえてるし、でもみなさん楽器も一応演奏されてました(笑)

そして、カールさんの回文の朗読。スクリーンに回文が少しずつ映し出されて、まるで英語の教材を聞いているようにカールさんの声が響きます。その間がなんとも言えずおかしくて、そして長い長い回文にはオドロキ!おもしろかった!

それから中ザワさんのCDに関するご自身の講義があり、いよいよエキスポの松前さんと山口さんの演奏。私は初めて聴いたのですけれど、すてきでした!なんというか自然で、しかもあざやかで、いろんな要素がいっぱい詰まっていて。楽屋でも少しお話できましたが、またご一緒できる機会があれば(もちろん本業のお筝の方で)うれしいですね。と。

ともかくも、いつもとはちがう雰囲気の中で(きっとお客さんの感じもちがうから)パフォーマンスさせていただき、ありがとうございました。中ザワさん、ナヤレコーズの福永さん、バンドの武石さん、仲村さん、吉本さん、神田さん、深謝です!バンド楽しかったー!

昨年あたりから広がってきたおともだちの輪。音楽以外の分野の方々との出会い。大学で教鞭をとってらっしゃる先生や学者の方とお話することも。。。わからないこともたくさん、お話を聞きながらあまりにもわからないときは「ああ、こどもってきっとこういう気持ちなんだろうなあ。」なんてことを思いながら、それでもその場にいて吸収できることがいっぱい。刺激的で、全くちがう場で聞く話がどんどんつながっていくことがたまらなく楽しくておもしろい。

先日は、世田谷パブリックシアターで野村萬斎さん企画の「解体新書」に行ってきました。ゲストはものまねのコロッケさんとロボットを研究されている池内克史博士。「観察」と「ものまね」に関してのおはなしや実演。
人間と同じを動きを作りだすためにはものすごい量の情報量が必要で、しかもそれが一方向でなく予想もしないような方面からのものが複雑に入り組んで成立しているからそれを分析しなくてはなりません。コロッケさんの実演はすばらしかったです!お話を聞いた後で見せていただくとさらにその芸の繊細さやすごさに圧倒されます。瞬時の動きをまるでスローモーションのように観察し、分析し、再現し、その中である部分を誇張したりして芸は作られていきます。
なにげないこと、ほんのちいさなこと、ちょっとしたことの中からどれだけたくさんの情報を受け取り、分析できるかどうか。そこから表現できるものも変わってくるということですね。そこには、感じ取る感覚的なものと、分析する知的な能力と両方が必要なのでしょう。それが多ければ多いほど、広い範囲に亘っていればいるほど、そこから生まれるものが深く豊かなものになるということではないでしょうか。
表現は表現するための技術の習得に偏りがちですけれど、実はたくさんのことを受け取る能力を磨くことの方がはるかに重要なのかもしれませんね。。

そんなことをいろいろ考えつつの日常。
ライブを終えて昨夜帰宅したのは深夜。帰ってみたら、郵便受けに分厚い封筒。
昨年ワークショップをした小学校のこどもたちの感想文が届いていました。ひとりひとりの思いが伝わってきてほんとにうれしかったです!幸せなあたたかさが包んでくれました。ありがとう。

さて、今年の抱負。「冒険」かな?失敗を恐れずチャレンジしたいですね!

2007年01月09日 『「伝える」ということ』

気持ちを伝える、思いを伝える、考えを伝える、情報を伝える、、、「伝える」ということはすごく難しい。
ことばにしたとき、文字になったとき、音になったとき。

「伝える」と「伝わる」。。。

糸電話の向こう側とこちら側。
伝言ゲームだってすぐに情報は元のものとちがって伝わっていきますよね。

受け取るときには受け取る側の主観や経験や思考が入って、一部が拡大されたり縮小されたりすることもあるし、強調されたり排除されたりすることもあります。ひとつの単語にもたくさんの意味があるわけだし、ましてや音や色やかたちみたいに抽象的なものはさらに多様に捉えられます。

日常の音やものも知らない間に自分の主観で見るものや聞くものを選んでいるのですよね。
写真を撮ってみると自分が気づいていないものが映ってるし、録音してみれば気づかない音が鳴っています。

たくさんのことに気づくひとと気づかないひと。気づくときと気づかないとき。
同じことがあっても楽観的に捉えるひとと悲観的に捉えるひと。
ものごとの境界線はすべてのひとの分だけあるということなのでしょうか。

自分の意志や意思を完璧に伝えることは所詮無理?その裏にある複雑な気持ちはなおさら。。。
それを恐れていたら実際には何かをしゃべることも書くことも、表現のすべては全くできなくなってしまいます。
糸電話の糸を通る間に好意が悪意に変わることだってありえます。

なのにどうしてひとは表現して何かを伝えようと思うのでしょうか。こんなにリスクがあるのに。。。

人間はひとりじゃ生きていけないから、何かを共有したいから、そしてひととしての美しさや存在を信じたいという欲求があるから、やっぱり伝えたいと思うのでしょうか。

自分の発することばを信じすぎてはいけません。音を信じすぎてはいけません。
きっと。
それで思いがけず誰かを傷つけてしまうことだってあるのですから。

その反面、ことばや音によって生きるちからや元気を生み出すこともできます。
ことばや音はプラスにもマイナスにもとてつもなく大きなちからを持つものなのですね。

伝えるひとは、
伝えるときは、
「伝える」ということを甘くみてはいけないということだと思います。

そして、受け取るときにはそこからたくさんの情報を読み取ることができる視野の広さと俯瞰的な位置、感性が必要なのだろうと思います。

結局は伝える側も受け取る側も大事にしなくてはならないものは同じで、そのために身につけるべきことも心得るべきことも、感受性の深さも同じように必要だということなのでしょうね。

話が堂々巡りで収拾がつかなくなってきました。。。
謙虚に、だけど勇気をもって、そして信じること。
伝えることも受け取ることもどちらも結局は鏡に映し出された自分自身なのかもしれません。


2007年01月06日 『祝!2007年!』

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

年賀状をくださった方々ほんとうにありがとうございました。
昨年最終の日記を書いていて、なんとなく帰りの新幹線のチケットを確認してみたら、な、なんと!1時間勘違いしていて、すぐにも家を出なくてはいけない時間!!!ぎゃあ~(>_<)
というわけで慌てて飛び出し、言わずもがな忘れ物だらけ。。。住所録も見事に忘れ、年賀状を一枚も書くことができませんでした。ほんとうに失礼いたしました。
これから少しずつ書きます。(+_+)。。。間の抜けた時期はずれの年賀状が届きますことお許しくださいませ。ごめんなさい。
さっそく新年早々ドジぶりを発揮。あ~、今年も先が思いやられるー!

さて、年末は30日までレッスンをして、大晦日は和歌山の家の大掃除と母のおせち料理のお手伝い。といってもおせち料理の方はもちろん(^_^;)お重に詰めるだけです。それでも一日バタバタとすごし、年越しそばをいただいて、いよいよ元旦。

2007年1月1日。
新年がやってきました!おめでとう!

朝から我が家の神棚と仏壇に火をともし、お米やお神酒、お塩をささげ、拝みます。
「今年も一年どうかお守りください。」

そして、母の作ったおせち料理とお屠蘇、お雑煮でお祝い。すがすがしい気持ちになります。
それにしても、毎年おせち料理をすべて作る母には頭が下がります。この母にしてこの娘。。。でなくてナサケナイ。。(^_^;)
2007_0103お正月0001.JPG

それから、今年は和歌山のテレビ番組に生出演。5分くらいですが演奏しました。お弾初めになりました。
この打合せのために年末テレビ局の方からさんざん連絡をいただいていたのですが、レコーディングや本番で連絡が行き違ってしまってなかなかお話できず、私のことをよく知ってくださっている方なので、「またふらっとどこか、今度はエベレストへでも行ってるのかと思ったよ。」とご心配をおかけしてしまいました。
演奏が終わって帰宅すると、一本の電話。
私が和歌山で4歳のときから手ほどきを受けたお筝の先生からでした。先生はもうおからだがあまりよくないので、コンサートで聴いていただくことはできません。でもテレビならと聴いてくださったようで、お電話をくださいました。
「上手になってー。ほんまによかったわ。あのとき、沢井先生にあんたを預けてほんまによかった。あんたは和歌山にいてたらあかんかった。こんなに上手になって、ほんまに私、あのときああしてよかったと思ったえ。」と、言って下さいました。
私はもう胸がいっぱいになりました。もう少しで号泣しそうで、目は涙でいっぱいでした。

こどもの頃から出稽古で家まで教えに来てくださっていた先生。そして、その頃こどもは教えないという方針を曲げて子ども扱いはしないという条件でお稽古に通うことを許してくださった沢井忠夫先生。
和歌山の先生がいらっしゃらなければ、沢井先生に教えていただくこともできませんでした。そして、今、こうして演奏家として活動していくことも。。
ご自分のことより私自身のことだけを考えて道を開いてくださった先生方。両親はもちろん、私はほんとに多くのひとのちからによってこうしていられるのだと、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
元旦は、もうただただ、いろんな方々への、いろんなことへの感謝であふれて、胸がいっぱいで、涙の止まらない一日でした。
きっと今度は私がこの幸せを届けられるひとにならないと!と思いました。
言葉では言えないくらいたくさんのことがあふれた元旦になりました。

夜は、姉妹、甥姪も集まり、大家族集合。にぎやかにお鍋を囲んでお祝い。家族っていいなあ。。(^_^)

3日に初詣。今年は淡嶋神社へ。海の近くにある神社で、雛流しが有名です。
「一年みんなが健やかにすごせますように。」
2007_0103お正月0014.JPG

2007_0103お正月0015.JPG

2007_0103お正月0011.JPG
(このあたりは、なんとなく江ノ島に似ているんですね。。。)

お正月。
子供の頃は凧揚げもしたし、すごろくもしたし、羽子板で羽つきもしたし、かるたや花札、坊主めくりなんかもしました。今はそんな遊びは見かけなくなりましたね。でも、こういう単純な遊びってちいさなこどもも大人も一緒に楽しめて結構盛り上がるんですよね。

新聞で「木」について特集していて、バオバブの木の写真がありました。
見てみたいなあ。というか会ってみたいなあ。
ああ、まだまだ知りたいことも、見たいことも、聴きたい音もいっぱい!!
行きたいところ、スペイン、ベトナム、マダガスカル島、宮古島、、、キリがないなあ。。

庭に出てみれば、メジロがちょこちょこ木の間を行き来していて、季節はずれのガーベラがふたつ咲いて、葉ボタンもお正月らしく座っています。この土の中にもたくさんのものが動いていて、生きていて、そして、空を見上げればどこからか風が吹いてきて、雲はゆっくりと流れています。青い空は明日には曇るかもしれないし、まっしろな雪を落としてくれるかもしれません。金色の陽ざしはカーテンみたいに空の窓を開けてくれます。
どんな近くもどんな遠くもどこかでつながっていて、どんなちいさなものもどんなおおきなものも支えあっていて、ちっぽけなわたしはただここに立っています。
それだけで感動して心が満ちてあふれそうになります。

時間の波の中で変化していく身体と、年齢のない心。
感じることがどんどん増えて、同じ本を読んでも、同じ曲を弾いても、そこにはまた新しい世界が拓けていきます。
どこまで行くのだろう?
自分の心の果ては見えません。

どんなものにも、どんなことにも語りかけて、尋ねて、耳を澄ませて、やさしく触れるとき、そこに必ずなにかを見つけることができます。

やっぱり今年もふらっとどこかに出かけてしまうんだろうなあ。。。

思いきりすてきな一年にしましょう!!!


copyright(C) Nishi Yoko All right reserved.