ほとんど休む間もなく8月がすぎてしまい、気がついたら9月。秋ですね。。。
夕方になるとヒグラシの声があたりを包み込み、やがて、スズムシやコオロギ、マツムシ、ウマオイの声でにぎやかな夜になります。
「すいーっちょん」と鳴く虫の名前がわからなくて(ウマオイでした!)調べていたら、いろんな鳴き声の秋の虫がたくさんあるみたいで、全部聞いてみたいなあ。なんて。梅雨時のカエルくんたちしかり、真夏のせみさんたちしかり、みんなあんなちいさなからだでほんとよく通るいい声!発声法を習いたいくらい!
そして、なんといってもベランダから見るおつきさまがすごく美しい。秋はやっぱりおつきさまが一番きれいな季節なのかしら?と思いながら、ぼーっと眺めています。雲がゆっくりと通り過ぎると光が透けて、まるで動物の影みたいに走り去って行きます。風はひんやり。草木のにおいもします。ちょっと夏の名残のにおいも混じっていて、雨が降るたび草木はきっと秋への準備をしているにちがいない、そんな空気がたちこめています。
サマータイムはもうおしまい。今日からは秋の夜長に合わせてちょっと夜更かししましょう。
さて、8月は私の教室のおさらい会や桐蔭高校の国立劇場出演、自分の演奏などでリハーサルやレッスン、準備、移動であっという間に終わってしまいました。
そして、今日は来年のための高校コンクール和歌山予選。桐蔭高校は残念ながら2位。来年は全国大会に出場できません。でも私はみんなの力がわかっていて自信を持っているから落ち込んではいません。また、がんばりましょ!!
この1ヶ月、生徒さん、高校生たち、いっしょに舞台を作ったひとたち(出演者、スタッフ含め)、、、一緒に何かを作るということばかりの日々でした。
みんながそれぞれの役割を果たし、ひとつのものを作っていく。
少しずつ修正し、新しいアイデアを持ち寄り、積み重ね、問題を解決しつつ、助け合い、話し合う。
とてもいいものだなあと思いました。静かな感動がありました。
信頼と尊敬があってこそできること。そして、思いやりや知恵、責任、それらがごくあたりまえに生まれていくのです。
私の教室の生徒さんは10代から70代までそれぞれの年代のひとたちがいます。お筝を弾いている年数も違えば、もちろん体力もちがうし、性格もちがいます。できることをするのが基本。そうしてひとりひとりが係を担当して演奏会が開かれます。私は、指導と演奏者の紹介も兼ねた司会の原稿を書くこと。
桐蔭高校生もなんだって自分たちでやっちゃいます。
演奏することが目的ですし確かに演奏は楽しいけれど、こうしてみんなで何かひとつのことを成し遂げる喜びもまた大きいものです。
「教える」ということ。
自問自答。ひとりひとりのひとたちに、この方法でいいのだろうか?と考えます。曲を選ぶとき、かけることばのひとつひとつ。。。
伝えたいことは、技術だけじゃない、その向こうにある音楽の楽しみ、よろこび、そしてさらに向こうにある広い世界、大切なこと。。。
正解かどうかはわからない。(大体、答なんてあるのかしら?)
みんなと同じ。私だって途上にいるから。
今月はたくさんお手紙を書きました。生徒さん全員に。桐蔭高校のみんなに。。。
おさらい会の当日、私は18曲を演奏。その途中、連日の疲れか手が攣って動かなくなってしまいました。なんとか治りましたが。。。そのとき、くたくただし痛いけど、私はやっぱり演奏することが好きで好きでたまらないんだと思いました。
そして、お筝に出会えなかったらこんな気持ちもこんなにたくさんのひとたちと感動を分かち合うこともできなかったと。。。
小学3年生のときに初めて沢井忠夫先生の演奏を聴いて私の生きる方向は決まったのかもしれません。
たったひとつの音が、生き方を変えたり人々をつないだり生きるための支えになったり。。。
音楽のちから。
丸谷才一の「新々百人一首」を読んでいます。ことばの深さ。うたからにおいたつ妖気。
目に映るものの向こうにあるものを追いかけていくと、そこには途方もなく広い世界が待っている。