2005年10月のPHOTO&DIARY

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 シカゴから戻り、和歌山でレッスンをして、そのまま金沢に移動。
鎌倉に戻りすぐ書きたいと思いながら、久しぶりにひどい風邪をひき高熱にうなされ、そのあと整体に行ってバキバキボキボキからだを整え、和歌山で母の充実した食事とおいしい空気、生徒さんたちのパワー、のんびりした雰囲気ですっかり回復、やっと書くことができた。

10月8日、9日金沢21世紀美術館で公演があり、リハーサル等で結局金沢に5日間滞在することになった。
今回の公演は、まだ現在の日本列島が完全に形作られる以前1200万年前の植物プランクトンの遺骸が堆積して作られた珪藻土によるインスタレーション&パフォーマンス。能登半島の珪藻土埋蔵量は世界一を誇るそうだ。美術は造形作家の伊藤公象先生、久世建二先生と金沢美術工芸大学工芸科大学院のみなさん、音楽は作曲家の藤枝守さんを中心にしたメンバー。

パフォーマンスが行われたのは、美術館地下のシアター21というホール。
そこに足を踏み入れるとなんともいえない淡いオレンジ色のようなピンク色のような土が敷き詰められている。
においがする。
こどもの頃砂場で感じたにおいともちがう。もう少し香ばしいようなしっとりしたようなにおい。
そして中には作家の方々がその土で作られたさまざまなかたちの土のかたまりが姿を現している。

パフォーマンスは声明、吹物、打物、弾物、声、ダンスによって行われた。
それぞれのパートには少しの決め事とたくさんの自由なパフォーマンスが望まれる。

最近、演奏するってどういうことだろう?と考える。演奏家は楽器を弾く(演奏する)ということだけなのだろうか。と。。。。
演奏することは、演じること?体現すること?
それは、身体表現なんじゃないだろうか?(あたりまえといえばあたりまえだけど。。。)もしかしたら役者さんやダンサーと同じかもしれない。なんて。。。
演奏家はつくるひとではない。
その場に漂うものを感じ、読み取り、その中で何かを表現する。
即興なら全く自由に、楽曲ならそのマニュアルに従って自分の身体の中に読み取り、音のかたちを表す。
(即興演奏しているときって作曲しているのだろうか?つくるってなんだろう?とまた次から次へと疑問はわく。。)

限られた時間の中にあるできうる限りたくさんの情報を瞬時にからだの中に取り込み、自分自身のフィルターを通し、音にしてまたこの現実に放出し、そして音は一瞬にして静寂のうちに再び帰っていく。
それはまるで呼吸のよう。
私は肺のように循環の一部になる。

風が吹けばその強さや柔らかさ、においを感じたくて、雨が降れば飛び出していって細い雨やちいさな雨粒、どしゃぶりの叩きつける感じをからだで感じたくて、木に出会えばそっと触れてみたい、葉っぱの一枚一枚を大事になぞってみたい、花が咲いていれば話しかけたい、虫がいれば遊んでみたい、最近はそんなことを強く感じるようになった。
実際飛び出して行って体感することが多くなった。
だから、珪藻土を見た瞬間にその場に寝っ転がってつちのにおいや感触をからだ全部で感じてみたいと思った。
みんながいる前ではさすがに恥ずかしくてできなかったけれど、誰もいないときを狙って土の舞台の上に仰向けに寝転がってみた。
ひんやりと少しごつごつした感じが背中に心地よい。
視点が変わるから、珪藻土にまるで溶けてしまったよう。
自分自身がつちになる。
なんて気持ちいいんだろう!わたしはもうわたしじゃない、つちなんだから。
だんだん自分という存在がなくなっていく。

沖縄で海を見たときもそうだった。
自分自身が空っぽの入れ物になっていく感じ。
主張はなくても、からだの中にはたくさんの情報があり、性質があり、性能があり、機能がある。
情報を捉える感覚、表現する方法、出力。。
だから人によって演奏が違っておもしろい。

技術は以前と変わらないかもしれないけれど、ものの感じ方や自分自身の感覚が変われば演奏しているときの自分の状態も演奏自体も変化する。
昔は予想通りの音しか出さなかったし、出せなかったけれど、今は出た音に自分でも驚くことがある。
そして音の消えてゆく道筋をゆっくり見つめている自分がどこかにいる。
音は生き物。
風や雲や海みたいにどこかで私が追っている。そのもの自体になってしまいたいから?
自分が出している音なのにそれよりあとにその音を追いかけている自分が浮かんでいる。
どんな小さな音も、にごった音も、欠けた音、かすれた音もすごく大切な気がして、その音に触れたくなってしまう。
とてもとても大きな呼吸のなかで、つつましやかにたくさんの循環の輪が重なり合っている。
ただその場にあるという事実、生まれたという事実、それをもっと大切に、そのゆくえをもっとやさしく丁寧に最後まで見守ること。
風に吹かれているとき、雲の流れをたどるとき、青空を見て微笑むとき、木の葉っぱがざわめくとき、そして家族の話声のする食卓。。。
たった一音でそのすべてがまるで超高速の映画のように自分の中をかけぬけていくことがある。

演奏家になって幸せだと思う瞬間。
それをもしいっしょに共有できるひとがいたら、幸せはどんどんふくらんでいく。
きっと。。。


(写真は、パフォーマンスを行った舞台と珪藻土のかけら。そして和歌山の自宅の庭で久しぶりに撮った写真、秋の七草のひとつフジバカマ、ミズヒキソウ、サザンカのつぼみ、ホトトギス)

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<LAKE FOREST COLLEGE でのこと その2>

 そんなこんなで、22日は朝からワークショップ。
英語は苦手。だから、用意した原稿を読んで、演奏して、30分隙間なくまくしたてる。
質問は?最初の方は比較的単純な質問だったけれど、徐々に複雑に。
日本では、昔、コンサートホールで演奏していたわけじゃなく室内で演奏されていたわけで、その目的は人に聞かせるためじゃないなら、一体なんのために演奏されていたのか?という質問。
うーむ。。。ひとりで音を楽しむこともあるし、音を味わうということもあるだろう、瞑想ということもあるかなあ、もちろん数人のひとにきかせることもある(ヨーロッパでもサロンとかあったんですよね。確か。。?)、でも、要するに音楽会用のホールがあって聴衆を集めて音楽だけの会なんていうのは明治までなかっただろうし、まあ、歌舞伎や文楽の音楽はあるけど。。。ぶつぶつ。。そんなことをバラバラの英語で言っていたら、答がまとまらなくて、もう最後にヤケになって "I'm sorry. I can't speak!"
でも、よく考えてみると、こちらでは自分ひとりで月を見ながら、あるいは風の音や虫の声を聴きながら、ひとり物思いにふけって楽器をつまびくなんてことはないのかもしれない。
音楽の楽しみ方、音の味わい方も違うのかな?
もうひとつは、演奏する手の動きが美しいけれど、それにはなにか特別な、たとえばダンスのレッスンのようなものをするのですか?という質問。
それは、ないです。だけど、音とからだの動きは別のものではなく、音を鳴らすということはからだを鳴らすということなのかもしれません。(とは言えなかった。。。残念)その点で言えば、呼吸ということもすごく大切な要素です。(これは言えた!)

さて、ワークショップも無事?終了。
午後はのんびりして、お夕食は日本について勉強している学生3人と一緒に校内のカフェテリアへ。
女の子ふたりと男の子ひとり。

男の子はとてもかわいくてシャイで、「小さな恋のメロディー」の主人公みたい。ほんの少しお話ししたけど、授業があってゆっくりはできなかった。

女の子のひとりはイラン人で、名前はビタ。日本の福岡で生まれて育って、8月に入学したばかり。彼女のひいおじいちゃんが初めて日本にやって来てそれ以来ずっと家族は日本に住んでいるから彼女は4代目。もちろん、いまどきの日本の女の子と同じようなことばを話す。日本では、インターナショナルスクールに行っていたから、英語には困らないけど、こんなにたくさんの人がいるところでこれからやっていけるんだろうか?とすごく不安だったらしい。おねえさんも遊びにきたらしいけれどとにかく日本が大好きだからホームシックになっちゃって、すぐ帰っちゃったそうだ。
外見は、イラン人なんだけど、中身はほんとに日本人。
ジャーナリストになりたいそう。

もうひとりの女の子は、ルーマニア人で、名前はアンナ。ビタより学年がひとつ上。ご両親がルーマニアからアメリカにやって来た。アメリカで生まれて育った彼女はルーマニア語が話せない。だからおじいちゃんやおばあちゃんとはことばが通じない。
日本の文化は美しいと連発していた。彼女のボーイフレンドも日本の武術に興味があって、そちらを研究しているみたい。
彼女は、日本の文化財や古いものを修復する技術を学びたいと言っていた。将来、2年間くらいは日本に滞在して勉強したいそうだ。

この学校に来た理由は、まずお金がなくても奨学金の制度がしっかりしているから勉強しやすいことらしい。
最初は、専攻というものもなくともかく総合的にたくさんのことをいろんな角度から学んで、その中から将来のコースを決めていくのだそうだ。勉強はすごく大変で、寮のカフェは夜中2時まで開いていて、みんな勉強に疲れるとそこに集まって休憩するらしい。

ふたりとも勉強の方は大変そうだけれど、疲れている感じはない。目がきらきらしている。
夢があるからかな。
学びたいと思うこと、知りたいと思うことがいっぱいある。やってみたいことも、見たいことも、体験したいこともいっぱい。
ピカピカの好奇心!
いっしょに話しているうちに私も元気が出てきた。
そうだよね!知らないことなんて世の中にはいっぱいあって、おもしろいものやすてきなこと、美しいものはまだまだ世界中に、宇宙にごろごろ際限なく転がっている。
一生宝探し!

彼女たちとの話は私にとってとても興味深いものだった。
自分たちが何人なのかわからない。と言っていた。そういう友達がたくさんいるとも言っていた。
アメリカには、たぶんそういう人がたくさんいるのだろう。
彼女たちに国という意識はなくなっているのだろうか?
そうすれば、どんなに偏見なく、先入観なく、広い視野と中立の立場で物事を見ることができるだろう。と一瞬思う。
筝をやっているなら、なおさら、伝統や民族というものから完璧に離れて考えることは難しい。そこで守り続けるにしても打ち破るにしても。。。
美しいと感じるもの、心に届くもの、心を揺るがすもの、それは、時代や社会と完全に切り離して感じたり考えたりすることは難しいかもしれない。流行があり、風潮があり、環境がある。その中で生きている限り。。。
だけれど、彼女たちのような視点でものごとを見たり、聞いたりしてみれば、新しい発見があるかもしれないと思う。
自分の中に知らず知らずのうちに築かれてしまった垣根に気づくこと。それは直接的な出会いの効用ではなく、間接的な、そして大切な発見。

シカゴでどれだけたくさんの人に親切にしてもらったかしれない。
困ったら電話してきてくださいね。と、どの人も連絡先を教えてくれた。困ったときは笑顔で助けてくれた。(成田空港とは大違い!)
日本での情報だけを見ていると、アメリカはなんて横暴な、自己中心的な国だろう!と思ってしまうけれど、実際会った人々はほんとにすてきなひとたちばかりだった。そういうものなのだ。。
だから、実際会って、握手をし、たどたどしいことばであっても会話をし、音楽を楽しみ、食事を楽しむ。こういうことが、このちいさな積み重ねが実はとても大切で、平和への一歩につながっていくのだと思う。


彼女たちは、自分たちの祖先の国のことや歴史、文化、言語についてもそのうち勉強したいと言っていた。
日本に生まれて、日本で育った日本人である私。
彼女たちと出会ったおかげで今までとはちがう感覚で日本を見ることができるかもしれない。これからの日本を作っていくのはわたしたち。
ならば、今までの日本を冷静に見つつ、狂信的でなく、拒否するでなく、自分なりの美意識を持って美しい日本人になりたいと思う。

(上の写真、左からアンナ、ビタ、私。下の写真は、学食、木々、そして拾った大きなまつぼっくり) 

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<LAKE FOREST COLLEGE でのこと その1>

 9月21日、青空が広がったいいお天気。ホテルのラウンジはなんとなく暗かったので、外に出て近くのカフェでひとり朝食。街をぶらぶら。。。慌てて準備して日本を出発したから洋服もないし夜は寒いので、リーバイスのお店でジャケットを買う。

さて、今日は最後のコンサート。
バスでLAKE FOREST COLLEGEに向かう。
高層ビルは遠くなって、木々や川が見えて空気もさわやかになってくる。
大学に到着。これから2泊は大学のゲストハウス。広い敷地に建つ立派な建物。みんなでお部屋割。高田さんはよく陽が差すツインのお部屋で、内橋さん、としまるさん、私はちょっと暗いシングルルーム。シングルルームはそれぞれイメージが色分けされていて、内橋さんはブルー、としまるさんはピンク、私はクリーム色のお部屋。建物の中はとにかく広くて、ダイニングがあり、応接室は4つほど。オフィスもある。
最初は、かわいい!と大騒ぎしていたけれどよく見ると、建物は相当古く、なんと築100年を超えているし、階段や廊下のいたるところに古い肖像画が掛けられている。燭台やシャンデリア、家具、アンティークでとてもすてきなんだけれど、もしかしてこれってなんかどこかで見たことない?

そうだ!これって、よくアメリカやヨーロッパのホラー映画で出てくるおうちそのもの!
お化け屋敷にもよくあるよね。。。ギョッ(恐)

シングルルームは少し離れた暗いところに3つある。内橋さんととしまるさんは1泊でニューヨークに行ってしまうから、あとの1泊はここに私ひとりということ。。。?

こ、こわい!!!(泣)

私の部屋には、古いテレビがあって、内橋さんなんて「ここは学校だし、学校ってたいていなんかいるし、そのテレビつけたらポルターガイスト現象起こるかもよ。」と脅かすもんだから、ますますこわくなって、ひぇ~っ!どうしよう!と騒いでいた。

夜コンサートは無事終了。
ゲストルームでピザを囲んでささやかな打ち上げ。ビールも少し。
へとへとに疲れていたけれど、明日はまた早朝からワークショップ。高田さんと私はお先に失礼して、それぞれのお部屋で休むことにした。
階段はギーギー、どの肖像画もこっちを向いているし、ビクビクしながらお部屋にもどり、シャワーをすませて、おやすみなさい。

さて、22日朝。目覚めると外は雨が降ったようで地面が濡れている。へぇ~っ、雨降ったんだぁ。と思いながら、準備をして、階下の広いお部屋に行くと、昨夜はすごかった!という話。

ん???なになに?

ともかく、昨夜はすごい雷雨。稲妻はピカピカ光るし、落雷もあったようで、雨もものすごく、建物のガラスはビリビリ震えるし、高田さんは、雨漏りを心配したり、大体映画で何か起こるときは必ず嵐で、昨夜はほんとにその情景そのもので恐怖映画を実体験したようなすごさだったらしい。内橋さんも、いやぁ~、すごかったよ。と。

えっ?そうなの?全然知らなかった。すやすや眠っていた私。。。。(汗)

一番怖がって大騒ぎしていたのに、気づきもしないなんて、みんなにあきれられてしまった。どんな怖い現象が起ころうと、事件が起ころうと、あんたは寝てて気がつかないだろうって。(呆)

た、たしかにね。。。。(汗)

どこでも、いつでも眠れるのが私の特技?どんなに権威のある場所であろうと、エライ先生の前であろうと、まわりがどんなに騒音だらけのところであろうと、眠くなるのを止められない。でもね、これは自分の意思で操作できるもんじゃないんですよ(言い訳。。。)
胃カメラをのんだときも、精神安定剤の注射がきいたのかカメラをのんだことすら憶えてないし、エライ先生と話している最中に居眠りしてしまったこともある。(これって反抗するよりタチ悪いかも。。。)で、そのあと、もちろん、その先生は不機嫌に。あ~あ、またやってしまった。。。ってね。
何度も言うようだけれど、ともかくわざとそうしているわけじゃないんですよ(冷汗。。たらったらっ。。。)

まっ!要するになんだかんだ言ってお気楽な性格であることを認めざるをえません。
はい。。。。

(写真は、LAKE FOREST COLLEGE のゲストハウス(上)とシカゴの街の高層ビル)

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<連日のコンサート>

 海外公演は、たいてい何かあるものだけれど、今回はほんとにハプニング続きだった。
WORLD MUSIC FESTIVALの中のコンサートなんだけれど、迎えの車が一時間以上遅れたことは2度もあり、スタッフが宿泊先を間違えて遠回りしてかなりの時間をロスしてしまったせいでリハーサルの時間がなくなったり、本番の5分前というのにまだ準備ができていなかったりということもあった。
演奏に関しても、ラジオの公開収録が突然あったり、私が出ないはずのコンサートで当日突然弾くことになり衣裳をお借りして演奏したりと予想もしないことがいっぱいだった。

今回は高田さん、石川さん以外にギターの内橋和久さんとno input mixing boardの中村としまるさんが一緒だった。もちろんオーガナイザーのジーン・コールマンも作曲・演奏した。
内橋さんは、ウィーンに生活の拠点を移し、このコンサートの後はニューヨーク、南米へ、3ヶ月は旅に出ているそうだ。中村さんも、この後ニューヨークでのライブがずっとあるそうで、おふたりは、ほとんど日本にはいない。
いろんな経験のせいか、性格なのか、ともかく1時間以上、下手したら2時間近くの待ち時間も誰も怒らず雑談に興じていた。スケジュールなんてあってないようなもの。だんだんそれに慣れて、先のことを決めたり、計画しなくなった。

ふむ。即興の極意が日常生活にしのびこんできた?

そんなわけで、私は、まったく予想もしていなかった古典「みだれ」を3回も弾くことになり、自作曲を弾くのも日本にいるときはあれほどじくじく考え、不安に思い、緊張までしていたというのに、結局リハーサルはなし。演奏の準備ができたのもぎりぎりで、息切れしているようなありさま。緊張なんてしている時間などあるはずもなく、気がついたら舞台にのっていたという感じ。

ええっ?初演なのにー!これってなんかさぁー!?(という内なる声も虚しくせきたてられるように。)

曲名は「RAIN」。雨の日に作ったからという単純な理由もあるけれど、雨が降り始めていろんなものにぶつかるときの音や、降ったりやんだりするときの雨のリズムの変化、雨足はダンスのように見えたし、空を見上げたら雨は放射状に自分にだけまっすぐに向かってくるようにも見える。どしゃぶりの時にわざと外に出て雨に打たれると心にたまったものが激しく洗い流されていくようで気持ちよかったり、雨あがりの虹や、植物の喜んでいる様子。その一方で人の命さえも奪ってしまう恐ろしさ。そんなたくさんの思いをこめて曲名にした。
後半に歌のフレーズを少しだけ入れた。「歌う」というより、「詠う」かな。

演奏を始めてから、急にどうしよう。。。という気になってきた。即興が大部分なんだけど、こんなのでいいんだろうか?という思いが膨らんできてちょっと立ちすくむ。そんな不安があったから、けして安定した演奏でなかったし、歌ではなかった。ただ、ことばや音を大切にぽつりぽつり置いていくようにした。

終わった。
客席からたくさんの拍手と「フーッ!!!」という掛け声が聞こえたときにはうれしかった!

今だって全然自信はないけれど、喜んでくれた人がいる、伝わったひとがいる、それだけでがんばって続けてみよう。という勇気をもらった。この作品はまた、もう少し改作したいと思っている。(なにせ、楽譜がないしね。。。)

自作曲以外の演奏も無事終了。

終わるといろんな人が寄ってきてくれて、「BEAUTIFUL!」と言ってくれる。楽器自体、音、それが美しい。と。
以前は、BEAUTIFULなんてつまらない!もっと強くて、刺激的で、驚かせるようなものでないと印象が薄くてなんだか弱いなあ。とため息まじりに思っていたし、それを克服するためには華麗なテクニックとちからが不可欠なんだ!と確信していた。けれど、最近はあっという間に消えてしまうはかなさや一音に潜むゆらぎや、余韻のかすかな重なりが、ほんの一瞬現実に姿を見せる水上の波紋のように深くて美しいと思うようになった。
これが、筝の特性であり、魅力のひとつだと今は思っている。

大きな音は特に意識しなくても聴こえてくるものだけれど、ちいさな音は、耳を澄ませる、注意深く、気をつけてということをしないと聴くことはできない。
そこに、演奏者と聴衆の意識の交点が生まれる。
感覚がひとつに寄り添っていく瞬間。

(一緒に映っているのは三弦の高田和子さん、作曲家・バスクラリネットのジーン・コールマン氏)

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<成田空港でのこと>

 9月17日、成田空港で待ち合わせ。今回は、三弦の高田和子さんと笙の石川高さんと一緒にシカゴに出発。三連休の初日ということもあり、空港は大混雑。シカゴ行きの便のチェックインを待つ人の列も信じられないくらい長くて、空港第一ターミナル出発ロビーの半周はあったと思う。
やがて、わたしたちの順番がまわってくる頃にはもうすでに搭乗手続の時間をすぎていた。

わたしが驚いたのは、そのときのこと。
カウンターの人、航空会社の人、見事なくらい誰も焦っていないのだ。
チェックインが終わると、「時間があと15分くらいしかありません。出国手続も混雑していますから、自分で適当に割り込ませてもらってください。そこから搭乗口までは歩いて10分強です。このままだと間に合わないと思いますから走ってください。」と、笑顔で普通に話す。信じられないくらい普通の笑顔。

そして、出国手続。
やはり長蛇の列。時間がないと焦っている人が何人かいる。みんな焦っているのだから、列に割り込むなんて大顰蹙な行動なのだ。だけど、このままじゃ間に合わない。
空港関係者に、「事情を説明して、割り込めるようにしてください。」というと、「それはわたしたちとは関係のないことなので、航空会社に言うか、自分でなんとかしてください。」と、また笑顔。航空会社も「自分でお願いしてください。わたしたちの管轄じゃないので。」と。
一方、出国審査の係員は、「この列ばかりに割り込まないで。」と大声で怒鳴っている。
ものすごくいやな雰囲気が充満している。

結局困った人同志でなんとかお願いし、協力してくれる人もいて、その後は全力疾走。
高田さんは、走るのが速くて、あっという間に駆け抜けていった。ともかく自分が先に行って飛行機を止めてなくちゃ!なんとかしなくちゃ!という思いがあっての走りっぷりなんだけど、私はもう途中で半分あきらめというか開き直り。まさか名前までチェックしておいて無視なんてことはあり得ないと思ったし、こんな理不尽なことが許されていいはずない!という怒りもあった。だから、もう歩いていた。
やーめた!という投げやりな気持ち。石川さんは私につきあって歩いてくれていた。

昔は名前もアナウンスしてくれたし、関係者はどの人でも「なんとかしましょう。」と必死で策を講じ、一緒に走ってくれた。
正直、大げさかもしれないけれど、今の日本ってこんなになっちゃったの?と思って空恐ろしくなった。
自分の与えられた仕事をこなすのみ。それ以外のことは何があっても無関係。責任の押しつけ合い、転嫁、逃避。人が困っていようと何も感じないあの冷たい笑顔。
ほんとにいやな気分になった。

知性というのは、ただ知識をたくさん持っていることではない。
何かが突然に起きたとき、困難な状況に置かれたとき、どんな環境のもとでも、よりたくさんの方法を即座に考えられること。
そのためには知っているだけではなく、それらを生かして使うことができなくてはならない。
たくさんの方法の中から、最善の方法をできるだけはやく選択し、決断できること。
そしてそれは自分個人の利益や目先の欲のために使われるのではなく、広い視野の中で大きく状況をとらえ、多くの人の幸せやよろこびのため、あるいは災難や困難からの救助や協力のために使ってこそ知性となるのではないだろうか。
これが本物の知性であり、かっこよさであり、スマートさだと思う。
まあ、これは私の価値観だけれど。。。

でもそれ以前に、困っている人が目の前にいてもなにも感じないあの冷ややかな笑顔がなんとも恐ろしい。
これから旅が始まるというのに心の中には暗雲がたちこめていた。

(写真はシカゴ到着時。お筝を持っての旅はいつも運搬が大変。筋肉痛とのたたかいです!)
西陽子