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2009年10月18日 『しなやかなバランス』

9月は1回も更新できず、10月もう後半にさしかかり、ああ・・・いつも読んでくださっている方々にどう説明していいものやら・・
ただただ忙しくてゆっくり文章を考える時間がありませんでした・・・。
ごめんなさい・・。

8月23日には和歌山で私の教室のおさらい会、9月に入り、橋本市でコンサート&トーク、ニッポン放送でのソロコンサート、その後にブラジルに約10日間の演奏旅行、帰国したのが10月の初めで、10月8日に邦楽のさまざまな分野の方々が新作を発表する「創邦」の演奏会、昨日は尺八演奏家・菅原久仁義さんのリサイタル、そして、明日は尺八演奏家・善養寺恵介さんのリサイタル、26日からはまたハンガリー・ドイツツアーに2週間ほど出かけます。

いろんなコンサートが終わるたびにご報告したいと思いながら、用事に追われて落ち着くひまもなく時間はすぎてしまい・・・・。
多くの人への感謝と出会いへの感動、そして音楽の深さと、生きることの難しさと素晴らしさ・・・その連続であったことはまちがいありません。

ダメな私・・・と思うことも、これでいいのかしら?・・・と思うことも何度もあって、迷い、立ち止まります。
一体この悩みに答えなどあるのだろうか?と思って、結局は「正解」なんて無いんだから。と自問自答を繰り返すことも・・・。

今一番考えることは「バランス」。
しかも、「しなやかなバランス」。
同じ生活は続かない。同じ肉体は続かない。それに即して、いつも同じ精神状態ではいられない。
揺れている・・・。

実はすべてのことがいつもいつも揺れている。そして、動いている。
それが生きているということなんだけれど。
そして、地球だっていつも動いているんだけれど。

揺れて動いている土台の上に立っていることが大前提。その上に不確かな安定を築くことってまじめに考えるとすごく難しい。遊びや余裕を計算しなくちゃいけなくなります。
だけど、「なんにもない」という状態が実は一番しなやかでいいのかもしれません。

時間がなくてあたふたしていたとき、ある友人が「8割できればいいんだから。80点で十分だよ。」と言ってくれました。
肩の荷が下りたような気がしました。
なんだかとても救われたような気がしました。

物事をいい方向に考えるプラス思考はもちろんいいことです。だけど、あれもこれもと欲張っていろんなものを付け足してそれにがんじがらめになる「プラス」思考はやめたいな。
できる限りシンプルに。
大事なことは何なのか?本当に自分のしたいことは何なのか?をしっかり見極めて、捨ててしまうことを思い切って「マイナス」していける潔さも持ちたいと思います。

だって、人間の能力は限られているから。
だから、きっと手をつないでいける。
そうは思いませんか?


2009年08月15日 『コンサートのお知らせなど。』

大変ご無沙汰していてすみません!!!
これはもう日記といえる状態ではないですね・・・。本当に。

今日は、お盆休みの真っ最中。そして、終戦記念日です。
こうして平和で豊かな日本にいられることをあらためて感謝し、犠牲になられたたくさんの方々に祈りを捧げます。
夏の盛りになるといつも戦争のことを思います。今も世界中のどこかで起こっている戦争・・・。
どうしてしてはならないとわかっていることをしてしまうのだろう。

どうか安らかにお眠りください。亡くなられたすべての方に・・・。

一日何の用事もない休日がようやく取れました。とはいうものの、こんな時こそ集中して練習しなくては!
というか、練習をじっくり楽しめる落ち着いた静かないい時間です。
朝から晩まで好きな時間に思う存分練習をして、一日終わって計算してみたら、7~8時間は軽く練習していたということは多々あります。
「一日7~8時間練習することもあります。」なんて話すと、「すごーい!」と感心してくださるのですが、全然苦痛じゃないし、凄くもありません。
知らないうちに時間はたっているし、もっと練習したくなって、永遠に弾いていたい気分になります。

んー。確かに受験前は苦痛だったかも・・・(^_^;)
自分で選んだことなのになんだか練習を強制されているようで嫌でした。誰のせいでもないのに(笑)

今は特に、たまにしかこういう時間を持てないので、お料理に時間をかけたり、お部屋を模様替えしたり・・・そちらの方にはさっぱり手がまわらないまま相変わらずの楽譜の山と本の山、楽器の林の中で練習したり、本を読んだり。その中で暑さも手伝ってうたた寝(楽器と添い寝)していることもよくあります。
それが結構幸せだったりするのですね(笑)
女性らしい休日の過ごし方とはいえません。我ながら男らしいです!(自慢じゃないけど・・)

スケジュールも全然更新できていなくて重ね重ねごめんなさい。
夜、寝る前にからだのためにストレッチをすることを一応習慣にしようとしているのですが、最近は腹筋のポーズのまま寝ていて、気がついたら朝だった!ということも時々あって、ほんとに気力がありませんでした。(言い訳ですね・・・涙)

先週の土日(8月8.9日)は、京都で学生邦楽フェスティバルがあって、演奏や講習会などをしてきました。
若い人たちが心から思いきり楽しんで演奏して、そこから友情が生まれてくる様子はすがすがしく、自分も若いつもりでしたが、「本物の若さ」を実感し、吸収させてもらうことができました(笑)。
全国にこんなにたくさん邦楽に親しんでいる大学生がいると思うとすごく元気な気分になりました。
そして、15年間変わらず熱意と愛情を持ってこのフェスティバルを主催してきた「えん」の伊藤和子さんはじめスタッフの方々に敬意を表します。
また、きっとどこかでみなさんにお会いできますように!

そして、いよいよ来週は私の教室のおさらい会が和歌山で行われます。
生徒さんたちはきっと今ごろ暑さと戦いながら必死で練習していることでしょう。
私も今年は三味線で古典「黒髪」を演奏します。他にも13曲出演しています。
のちほど、スケジュールにアップしますね。

そして、9月19日(土)には、日比谷のニッポン放送B1のイマジンスタジオでコンサートをすることが決定しました。もうすぐラジオでも宣伝していただけると思いますが・・・。

前半は、CD「ファンタスマ」に収録している曲の中から私の作曲した「アフリカンエアー」の即興をもっと広げてみたり、私が編曲したクリーガー作曲の「メヌエット」、「サザンクロス」(江戸信吾作曲)、そして、ジプシー民謡を元にした「三つの舞曲」では早弾きを披露します。ゲストに作曲家・ピアニストの大塚茜さんをお迎えします。

後半は、10月から始まるハンガリー・ドイツツアーでのコンサートの予告編のようなかたちで、「みだれ」(古典)、「楽」(沢井忠夫作曲)、「鹿(のうた...」(詩・藤井貞和/曲・高橋悠治)、復元楽器箜篌による「蝉の法」(三輪眞弘作曲)を演奏する予定です。

今回は「演奏」ということにこだわりました。
私の中でのサブタイトルは、「PLAYER*PRAYER」。

是非遊びにいらしてください!(座席数が少ないのではやめにお申込くださいね。よろしくお願いします。)
詳しい情報はスケジュールにアップします。

お盆がすぎると残暑。でも、今日はまだ暑中お見舞いです。
どうかみなさん、くれぐれもおからだにお気をつけて暑い夏を乗り切ってください!

さて、これから何を練習しようかな・・・?(楽!)


2009年07月23日 『広島・呉で感じたこと』

広島・東京・和歌山・京都と旅を重ね、鎌倉にもどってきました。

この前、一日鎌倉に戻った日はちょうどお祭りで、近くの八雲神社のお神輿が我が家の前に祀られ、櫓が組まれて夜9時すぎまで祭囃子の音が続いていました。
かみさまをお迎えして、おもてなししているような気がしました。
そして、数日間は近所の人たちが交替でお神輿を守るために半ば泊まりこみ。
お酒を飲んで盛り上がる人たちやこどもの喜ぶ声が祭囃子に乗ってたまに聞こえてきます。

そして、今度帰宅してみたらヒグラシが夕暮れを塗りつぶすように鳴いていました。

広島・呉の演奏会は、感動あふれるものでした。
私は、「尾上の松」「風の歌」「黒田節による幻想曲」のソロを弾かせていただきました。
本番の前日7月11日に呉に到着。すぐにリハーサル。
2曲のリハーサルは順調に終わり、最後に「黒田節による幻想曲」のリハーサル。
この曲は大編成で、今回は筝42名、尺八27名の方々の大合奏と私のソロ。
直前だけれど、気になったことをあれこれ申し上げました。
一番言いたかったことは、みんなで一緒に演奏できることをもっと楽しみましょう!そして、聴いてくれている人たちにその音を届けましょう!ということでした。
確かに邦楽器は繊細な音だけれど、この曲はもっとダイナミックに且つ堂々と表現したいと思いました。
各パートの役割を明確にしてアンサンブルの骨組みをしっかりさせ、ひとりひとりが自覚をもって音を出すこと・・・そんなことを説明しながら、直前になって混乱を招いているかもしれない。という気持ちもありました。
でも、最後の最後まで、いい音楽を作るために、それぞれの人にとって最高の時間になるために、あきらめたくないと思いました。

本番、どの曲も楽しく生き生きと演奏することができました!
最後の大合奏もみなさんの気持ちがひとつになって、音には心がこめられていて、ソロを弾きながら胸がいっぱいになっていました。

終わるやいなや、半身不随の男性が奥様に付き添われて舞台に残っている私に話しかけてくださいました。涙を流しながら。
「初めて感動しました・・。」そのことばは短くて、たどたどしいものでしたが、本当に本当にうれしかったです。
感動をもらったのは、勇気をもらったのは、私の方です・・・。ありがとうございました。

そして、この演奏会を聴いていた中学生の女の子が感動してくれて「うちの学校のみんなにも聴かせてほしい。」と演奏会の主催者の先生に直接訴えてくれたのです。
次の日、私は観光で瀬戸内海に浮かぶちいさな島に連れて行っていただく予定でした。
彼女はその島の中学校に通っているお筝が大好きな女の子。

演奏会は日曜日。学校の先生たちもお休み・・・。もちろん学校もお休み。
私が行くことのできるのは月曜日の午前中。
実現できるだろうか・・?
日曜日、演奏会終了とともに学校の先生たちに連絡がまわり、授業も変更。
なんと!全校生徒が聴ける態勢を作ってくださいました!
ひとりの女の子がみんなを動かしたのです!!!

小さな島の中学校は、全校生徒26名。
呉から橋を渡って島に入っていきます。
太平洋を見て育った私にとっては、島がたくさん浮かんで絵のように止まって見えるおだやかな瀬戸内海の風景はすごく不思議な感じがしました。

1時間の間に、20分間のミニレッスンと40分間のミニコンサート。
ミニレッスンは、筝曲部の6人それぞれに姿勢、爪の当て方、指の使い方をアドバイス。
ミニコンサートは、全校生徒26人の前で「六段」と「鳥のように」を弾きました。少しおしゃべりも交えて・・。

外ではずっと鳥たちののどかな鳴き声が聞こえていました。
こどもたちの目はキラキラとしていて、まっすぐにこちらを見てくれていました。
音はしみわたるように、みんなのからだに吸い込まれていきます。
なんてすばらしい時間なのだろう・・・。

呉での時間は、奇跡のように、夢のように、たくさんの出会いと感動に満ちていました。
それを作ってくれたのは、筝であり、音楽であり、そして情熱であり、信頼と優しさの連鎖でした。

昔のように親密なおつきあいというものは今はもうない・・。
邦楽の音色がいつも町の路地から聞こえてくることはない・・・。
「昔はよかったけど今はね・・・。」

・・・確かに時代は変わってしまったけれど、大事なものがすべて失われたわけではないですよね。
それに、失ってしまったのも私たちの責任。なのですよね。

ただ、懐かしんでいるのはなんだかずるい・・。
今からでも、ほんの少しでも、大切なもののために考え、行動し、生きていきたい。
そう強く思っていれば、きっと何かが生まれて、育つはず。
ひとりじゃないんだから・・・。

そう思わせてくれた呉のみなさん!
本当にありがとうございました。

2009年07月08日 『たわいもないこと』

またまた更新を怠っていて申し訳ありません・・・。
もう7月。そして七夕の夜。
みなさんはなにかお願い事をされたでしょうか?

日々の生活の中で、「あ。これは今度日記に書こう!」と思い立つことはよくあるのですが、文章にまとめるとなると時間と集中力が必要で、最近はつい眠気に負けて書き始めてはうとうとして、パソコンの角で頭をぶつけてしまうこともありました(笑)。しかも意味不明の文章・・・(泣)
私は何をするのも時間がかかるので、したいことはいっぱいあるのになかなか進まないという状態です(泣)

書きたかったことは、特別な話題ではありません。

その中のひとつは、お化粧や身だしなみについて。(男性にはわかりにくいことかもしれませんが・・・。)
たまに、一日用事もなくて誰に会うこともなく家から1歩も出ないとき、お肌の休養のためにすっぴんでいるのがいいという話を聞きます。
で、たまに試みようと思うのですが、疲れているからこその休養であり休日なのですから、当然鏡の向こうには疲れてあまり顔色のよくない自分がこっちを見ています。
そして、それを見てさらにやる気が失せて、なんだか暗い気分になって、心がぐったりします。
物理的には、お肌もからだも一応は休んでいるのだけれど元気になるどころかなんだかだるい・・・。

それで、いつもどおりお化粧をして、夏なら真っ白なTシャツとデニムのパンツをはいて軽く伸びをしてみたりします。
そうだ!そうじもしよう!散歩もしよう!
そんな意欲がむくむくとわきあがってきます。

お化粧やおしゃれって贅沢や無駄な気がしてちょっぴり罪悪感のようなものを感じます。

お化粧はお絵かきみたいなもの(笑)。
最近目じりが下がったのかな?とか、シワができたな。とかそういう年齢や日々の変化とどうつきあっていくかということを工夫するんです!
過去にこだわって同じお化粧方法では無理があるし、やっぱり流行だって取り入れたい。
洋服だって、たとえば襟の大きさや開き具合、そんなちょっとしたことで全然変わってきます。
年を重ねれば体型も顔も若い頃のようになんにもしなくてもOK!というわけにはいきません。
工夫が大事!しかも、さりげなく!
それが結構楽しかったりするんですね。技が必要なんです(笑)

身だしなみやことばづかい、それは自分という人間の表現でもあるのですよね。
そして、それは社会の常識というより、自分の気分を演出するものだったり、時には相手に対する自分の思いの表現だったりします。
すてきに自分を演出して、自分の気分がさわやかで、そして仕事にも生活にも恋愛にもあらゆることに積極的になれたなら、こんなすてきなことはありませんよね。

祖母は毎朝起きると真っ先に髪を梳かして、お化粧していたと母が言っていました。明治のつつましく、だけど、肝のすわった強さを持つ女性。かっこいいなと思いました。

私は、お肌の休養にはならないけれど、お休みの日もその日一日の自分の元気のためにお化粧をして、その日に合った服装を選びます。休日ならなおさら時間をかけて・・。
まるで一日の始まりの儀式のよう・・・それはおばあちゃんと同じかな(笑)。

こんなことを言いながら、和歌山のレッスンではもう10年以上同じような服装です・・・(笑)

毎日を楽しくすごすのは、きっととてもちいさな工夫の積みかさね。ですね!

今月は、12日に広島・呉市広公民館ホールで、16日に京都・ブライトンホテルで演奏させていただきます。

さあ!今日も元気にがんばりましょー!!!


2009年05月29日 『台湾で感じたこと』

昨日台湾から帰国しました。
財団法人日本交流協会台北事務所の主催・亜東関係協会の共催により私のソロコンサートを開いてくださいました。
その次の日には、総統府において馬英九総統の前で演奏させていただく機会をいただき、大変光栄に存じました。

4日間の滞在でしたが、その間にはさまざまなおもてなしをしていただき感謝の気持ちでいっぱいです。皆様、本当にありがとうございました。

小籠包やさまざまな台湾のお食事のおいしさはすばらしく、街を案内してくださった交流協会の方が台湾に来て20kg太ったと聞いて驚きましたが、納得!
朝起きると食べすぎで胃がもたれているというのに制御できず、誘惑に負け続け、何を隠そう、私も4日間で太りました!(泣)
ごはんからスイーツまで本当においしくて、しかも種類が豊富で、これだけいただいても、あと2つくらい胃袋があったらいいのになあ。と思いました(笑)

お料理のすばらしさもさることながら、台湾で最も感動したのは人々のあたたかさでした。
私は、今回が初めての訪問ですが、たくさんの人に親切に、優しく接していただきました。
それは、けしてかたちではなく、まるで家族が帰ってきたかのようにおもてなししていただきました。
日本語を話される方も多く、日本統治下にあった時代から現在に至るまでのたくさんのお話を実際に経験された方から伺うこともできました。

ちいさな国が、大国の脅威に絶えずさらされながら世界で孤立することになっても、その大らかで朗らかな優しさやつつましさ、誇りを失わなかった裏には、強さとたくましさ、そしてすばらしい知性があることを
感じました。
自分たちの国をよくしよう、自分たちの国を守っていこうという責任感と自覚。

台湾の人たちは、歓迎のために心をこめて・・・というのではもの足りないくらい惜しみない優しさで包んでくださいました。

今日一日荷物を整理しながら、ずっと思っていたこと。

心のケチな人になりたくない!

人間関係を築くとき、誰かを愛するとき、見返りを期待して匙加減するのは、あさましい。
できるだけのことを惜しみなくしよう!
御礼やご挨拶は、かたちではなく自分の気持ちを表すもの。誰かにどう思われるかではなく、相談すべきは自分の気持ちなのですよね。

自分で決められる人になりたい!

失敗を恐れないで、夢や希望に向かって惜しみなくエネルギーを費やそう。
大抵のことは思い通りにならないのが大前提だとすれば、それを叶えるためには努力や苦労があってあたりまえなんですよね。小さなことから少しずつ・・・。
夢が破れたとしても、費やしたエネルギーはきっとさわやかな風になっていつか自分の宝物になるんじゃないかしら。

そして、どんなときも笑って朗らかに歩みたい!

心を豊かにするためには、惜しまないことかもしれないと思いました。というより、惜しむべきものをはきちがえないこと。
縮こまった生き方はしたくない。
出し惜しみするような、何かと引換えじゃないと何も自分からは出さないというような、そんな小さな人間にはなりたくない。

広々とした草原を風を切って走るように軽やかに、さわやかに生きていきたい。
思い通りにならなくても、失敗しても、落ち込むときがあっても、けして卑屈にならず、ヤケにならず
迷って悩んで情けなくても、誰かのせいにしたりしないで黙々と努力することに誇りを持てるような人間で
ありたい。
自分がどんな状態にあっても、他人の幸せを喜ぶことができて、思いやりをもち続けられる人間でいたい。
そして、明るく、いつも心の窓を開いていられるように・・。

プライドは、世間の評価ではなく、自分自身の中にある自分の心や生き方の中に宿るもの。
本当に強くなければ本当に優しくはなれないのですよね。
そして、どんなこともいい方向に転換させられるのが本当の強さ。ですね!

台湾の人たちはたくさんのことを教えてくださいました。
深い尊敬の念と感謝の気持ちと共に、楽しかった旅の思い出にまだ浸っています。

事件の積み重ねが歴史ではなく、人々がどう生きてきたかということを私たちは歴史の中からきっと感じ、考え、学ばなくてはならないのだと思います。

「フォルモサ(麗しの島)」と言われる台湾。
この名前には、風土の美しさと共に人々の心の美しさも表されているのかもしれません。

みなさんも是非台湾に行ってみてください!


2009年05月24日 『気づかなかったこと』

先日、エコー検査で初めて自分のからだの内部をリアルタイムで見ました。
お医者さまから説明を受けながら動いている自分の内臓を見てすごく感動して涙があふれそうでした。
こんなにからだの中では一生懸命働いてくれて、私は生きていられる・・・なのに、私は自分の気持ちのままに時々無茶なことをして、あとはよろしくね!と言わんばかりに内臓に任せきり。丸投げ!
無理難題を押しつけられて、それらを処理して健康を保つために、からだの内部のすべてが必死でがんばってくれる。
がんばってるのは私じゃなくて、このからだの内臓や体液、皮膚、あらゆる機能。
私自身はただの身勝手で全然がんばっていない・・。
ちいさな警告はからだの悲鳴。

からだは自分の思い通りになんでもきいてくれると感謝もせずに甘えてばかり・・・。
自分の内臓が動いているのを見て、絶えず外部から入ってくる悪いものと戦って私を守ってくれていることを初めて実感しました。

心とからだは相互に助け合い支えあいながら私というひとりの人間の存在を成り立たせてくれています。
自分自身の中にも、人間関係と同じようにさまざまな役割があり、関係があり、ひとつの社会のようなものがあるのかな。とも思います。
それはひとつの「世界」であるのかもしれません。

自分のからだなのに、こんなにたくさんのことが起こり、休むことなく働いてくれていることに気づきませんでした。というより、身体(肉体)の存在など意識したことがなかったという方がいいのかな。
年齢を重ねて少し「ん?」と感じることが出てきたのですね。
やがて、どんどん思い通りに動かなくなり、そうして否応なく「からだ」というものを実感していくのでしょう。
そこから知らされていくことも、あらたに感じていくこともまた増えていきます。
どんな年齢になっても、その年齢にならないとわからない経験も感覚もあり、また開かれていくこともあるということですね。

いつまでも若くいたいと誰もが思います。もちろん私だって!
でも、無理をしてからだを矯正するよりも、からだに寄り添える柔らかな感覚を開いていけることこそ若さかもしれないと思います。(慰めかな?笑)

そして、もうひとつ感じたこと。
それは、私も動物や植物と変わらないひとつの生物なんだと思えたこと。地球上に生息している生物。
そう思えたら、なんだか植物も動物も仲間で、ひょっとしたら会話だって夢じゃない!?

今年は忙しくて留守が多いのでツバメがやってこないかな・・と、さみしく思っていたら、先日、やってきてくれました!
パソコンを打ちながら、ふと窓の外を眺めたら、電線の上に藁をくわえたツバメがこちらを向いてきょとんとしています。
帰ってきてくれたのねー!おかえり!
そのうちひなのかわいい鳴き声が聞こえてくるかな?
そして今夜もかえるの大合唱がずっと続いています。
練習はかえるくんたちとの共演さながら!

夜の湿った風は梅雨のきざし。


2009年05月13日 『待つこと』

待っていては何も始まらない・・・。
確かに。

でも、待っていることが得意になったなら、楽しく、ラクチンに生きられることもあるんじゃないかな。と、ふと、思いました。

生徒さんたちに、「一度自分の出した音を静かにじっくり聴いてください。できるだけ長い時間その音のゆくえを追ってくださいね。そして、十分聴いたなと思ったら次の音を出してください。」と言うことがあります。

さて、まずは一音。

・・沈黙・・

私ももちろん一緒に耳を澄ませます。
そのうち、ほとんどみんな居心地が悪くなって、がさごそし始めてきょろきょろ見回してそろっと次の音を出します。
もう随分待ったからこの辺でいいかな・・・。もう耐えられないんだけど・・そんな感じで不安げに。

音の余韻の最後なんて誰にも決められないし、当然わからないものだけれど、最初の一音を出した時点で頭の中はもう次の音のことでいっぱいになって気もそぞろ。
自分の出した音を実は全然聴いてなかったりします。

そうそう・・。
私も即興を始めたばかりのときは、たぶん共演者の音も聴かず自分が出す次の一手(笑)ばかり考えてました(苦笑)。
でも、よーく聴いているつもりだったのですよ。本人は!

「待つ」ということができないんですね。
「待つ」時間を充実させることができないといった方がいいのかな?

「ただ、待つ」という空白の時間を楽しんだり、味わったり、おもしろがったりすること。
なにもないと思われていることの中に何かを見つけること。
それって、できそうでなかなかできないんですよね。

サービスの行き届いた環境に慣れて育ったから、電車が時間通り来ない、注文したものがすぐ来ない、こちらの言っていることをすぐに理解してもらえない・・・そんなことにイライライライラ。
そして、それは自分にも向けられるんです。
すぐにできない!自分にイライラ・・。

ちょっと休憩しようよ。
気分を換えて、寄り道してみようよ。
・・・と心がつぶやいていても、「そんなヒマないのよー。時間がもったいない。無駄無駄!」かき消すようにイライラ虫が増殖。
社会にイライラ、環境にイライラ、他人にイライラ、自分にイライラ・・・イライラ虫はなかなか手ごわい!

私は、のんびりしていて、行動も人より遅いし、不器用なタイプ。
で、ノロノロ虫とイライラ虫の対決は日々あって(もちろん自分の中にも)、たいていノロノロ虫の敗北に終わり、駆逐されてしまいます。

しかし、立ち止まったり回り道したりすることで、見落とされた宝物を拾うこともあるんです。
そして、秘密の近道を発見することもあります。
行動のパターンやスピードは人それぞれ。
みんなが同じ速さになることはないんですよね。なれるわけがないですしね。
イライラ虫が強力に増殖しているために、みんな同じスピードで走っていなくちゃいけないように錯覚しさせられているような気がします。
速い人も遅い人もよいこともよくないこともあるし、お互いを知り合えたらもっと楽しいはず。

ちがう速さで生きていいと思う。自分のスピードを知ったほうがいいと思う。
「待つ」ことの楽しみを見つけたらいいと思う。
なんにもない時間は、空白は、すきまは、いいものだよ!
生徒さんにそんなことを感じてほしいと思うんです。

のんびりしすぎの気もある私は、調子に乗って、「ああ、私は待つことに退屈なんてしないし、ましてイライラなんてしないわ。」と思い込んでいました。

先日、タイのバンコクに行って街中でスコールに遭いました。
突然の雷雨。
「えーっ!どうしよう!帰れないよ!」とウインドウショッピングを楽しんでいたくせに急にホテルに戻りたくなったりして・・。
バンコクの人たちは慣れているせいか、誰ひとり動じることなくショッピングモールの大きな屋根の下で雨宿り。
1時間がたち、2時間たっても小ぶりになったものの雨は止まず・・。
最初はすぐにあがるだろうとコーヒーを飲んだりしていた私も、さすがに2時間経つと心の中で「もう、どうしてまだ止まないのー!」とイライラが始まった。タクシー乗り場にタクシーは全然来ない。またまた「一体どうなってるのー!」とイライラ。

バンコクの人たちはにこやかに待っている。ひたすら空を見上げて待っている。

ほんと、まだまだです(汗)
待つことを忍耐と感じてしまううちはダメですよねー!

もしかしたら、音も、何事も、それ自体が生まれるタイミングを本来持っているんじゃないかしら?


2009年05月08日 『新緑のさわやかな季節』

5月2日(土)大阪大学豊中キャンパスにある21世紀懐徳堂多目的ホールでお話と演奏をしてきました。

21世紀懐徳堂というのは、江戸時代大阪町人の有力者が発起人となって学者たちと創立した学問所「懐徳堂」に由来しています。学問・文化・芸術を自らの手で育て、国際学芸都市としての繁栄をめざした大阪町人の精神を受け継ぎ、関係の深い大阪大学内に設立されました。
ここでは、大学の教職員・学生、そして市民が交流し、情報を交換し、さまざまな文化活動を行っています。

今回の企画は、大阪大学大学院の野村美明教授が中心となって行われ、もうひとりの講師は南部真知子さん(株式会社神戸クルーザー・コンチェルト代表取締役社長)でした。

参加している方々は、大学の先生方、企業家の方々、学生さんなどなど・・。本当に多彩な方々がいらっしゃいました。
「リーダーシップ」ということを音楽での経験を通して話しました。30分余りの演奏をはさんで質疑応答もありました。

ソロで、あるいは複数で演奏しているとき、自分自身や演奏家同志あるいは聴衆と演奏家の間に一体どんなことが起こっているのか?
そこからお話は始まるのですが、人が集まって何かひとつのことをしようとするとき、あるいはひとつの空間にまとまるとき、共感や感動が生まれるときには、それぞれの人がまったくちがう方向を向いて無関係でいるわけではなく、あるひとつの方向に向かいます。そのためには、それを先導する人が必要です。
それが、リーダーと言われる人で、その人次第でその集団の行方は決まります。生活や運命までも決めてしまうことだってあるわけで、リーダーとしての天性の資質もあるでしょうけれど、たとえば見失っていることやいろんな方法を知るということも興味深く、大切です。

音楽は成績や収入に直結することはありませんが、何人かで作る舞台の中心にいる人はあらゆる面に心を配っていなければ感動の時間も空間も作ることはできません。
私は、さまざまな人たちと関わって、リーダーになったり、リーダーを補佐する立場や従う立場になった経験や失敗談を踏まえてお話しました。

リーダーになる人は、人並み外れて仕事ができるだけではだめなのですよね。独裁者であってはならないし、かといって何も自分で決断できない優柔不断な人でも困る・・・。
リーダーになった人には、責任があります。いい状態を持続させるためには、思い切った変化が必要であったりします。どんないいものでも、よどみやにごりが出てきて浄化しなければならないときがきます。
たえず脱皮をくりかえすためにはどうすればいいのでしょう?

結局、音楽であれなんであれ、人と人の間に起こっていることは同じなのかもしれません。

みなさんは、自分を含めまわりの環境をよくするために何が大切だと思いますか?


そして、5月5日(火)こどもの日に和歌山県の熊野にある本宮大社で奉納演奏させていただきました。
大斎原(おおゆのはら)という大社の旧社地での演奏の予定でしたが、あいにくの雨になり、本殿の中での演奏になりました。
何かイベントがあるときは晴れる本宮ですから安心していたら、雨。しかも大粒の雨。
日頃の行いが悪かったかな・・・と胸に手を当ててみて反省しましたが、これは、「まだ早い!もっと修行してからまた来なさい。」というかみさまの思し召しに違いないと思い、あらためて励ましていただいたような気がしました。
なんといっても目標ができたのですから!

演奏のあとは、桐蔭高校でのプログラムと同じく、竹中平蔵先生の講演があり、そのあと地元の中学生のための経済と音楽の授業。
故郷で先輩や地元の人たちと一緒に交流し、自分にできることをして、協力し合い、刺激し合い、一緒に考え、お互いに元気になるというのは本当にすてきで、楽しいです!

こどもといえども、音楽家といえども、お金と無関係に生きていくことはできません。お金の問題は社会生活そのものですから。
わたしたちにとっては必須の問題です。

お金はなんのために、どれくらい欲しい?
欲しいものは何?
それがあると幸せになれるの?

お金の使い方って?

いろんなことを考えます・・・。

ところが、音楽はなくても生きていけるもの。
なのに、音楽は紀元前、古代から今まで途絶えることも絶えることもなく存在しています。
そして、やっぱり音楽のない生活って味気ないですよね。

幸せや豊かさは、夢と現実を言ったり来たりするところにあるのかもしれません。
環境はたえず変化し、自分自身にも日々変化はあります。
喜びもあればかなしみもあるし、美しいこともあれば汚いこともあります。
無駄と遊びばかりだと破綻するけれど、すべてが合理的になってしまったら愛情や思いやり、優しささえも消えてしまうかもしれません。

幸せも豊かさも見つけたもの勝ち!というところもありますよね。
道端に咲く小さな花、思いきり天に向かって伸びようとしている木々や若葉、ただただ青い空、そして、赤ちゃんの無邪気な笑顔、だれかに優しくできたときの自分、幸せの種は身のまわりにいっぱいあります。

かなしいときに音楽が慰めてくれることもあるし、欲しかった楽器を手に入れられたのはお金があったから。

幸せは考え方次第!(しつこく!!笑)
スタイルのよしあしも、美人の基準も、頭のよしあしも、センスのよしあしも、自分の中にある世間の基準と勝手に比べているだけ。
標準であることがすてきかなあ・・・?
自分で自分を、幸せですてきだと思って生きていくために、今日も夢と現実を行ったり来たり。

2009年04月30日 『遅まきながら・・・活動のご報告』

ああ、いつからご報告を、スケジュールの更新を怠っていることでしょう・・・。
本当にすみません!

香港上海ツアーを終えてから今日までのご報告をしたいと思います。
和歌山や海外への移動が多くて、ほとんど鎌倉で生活する時間がなく、連絡も途絶えがちでたくさんの方にご迷惑をおかけしていることと思います・・・。

3月10日(火)
私の出身高校・和歌山県立桐蔭高校で、大先輩である竹中平蔵先生と一緒に創立130周年のプレイベントとして高校生たちに授業をさせていただきました。
授業の様子は、コチラ↓に詳しく取材していただいていますので、ご覧いただけると幸いです。
http://www.toin-h.wakayama-c.ed.jp/
そして、この模様は、ニッポン放送でラジオ放送していただきました。

関西大学での講義のときも同じでしたが、楽器に実際触れてもらうと皆さんすぐに夢中になって、あっという間に時間がたってしまいます。それで、いつも用意していった講義の内容の半分くらいしかお話できなくなってしまうのですが、私はそれが一番うれしい!と思っています。

竹中先生の講義に私も高校生と一緒に参加させていただきましたが、日常生活の中に隠れているたくさんのことに気づかされました。
生活の中にこめられたたくさんの人たちの知恵や苦労、歴史・・・。そして、道端にひっそりと咲いている花、空の色、鳥の声、風のにおい・・・
そんなたくさんのことに気づけたなら、自然に生活は豊かになるし、楽しくなるし、感謝することもいっぱい。世界が広がって、たくさんの発見が自分自身の発見にもつながるし、元気の素にもなるんですね!

アンテナを磨こう!そう思った一日でした。

そして、その後、3月29日(日)に桐蔭高校で毎年恒例のおさらい会をしました。23回目になります。25回には記念になにかできればいいなと思っています!!!
OB・OGのみなさん、是非参加してくださいね。

4月12日(日)には、鎌倉まつり「静の舞」で奉納演奏。もう今年で5回目になります。
鎌倉の住人として認められたような気がしていつも光栄に思い、参加させていただいています。

そして、実は今日はニューヨークから帰国したばかり。
4月24日(金)
カーネギーホールで演奏してきました!
テリーライリーという世界的なアメリカの作曲家の「inC」という作品を、クロノスカルテットがプロデュースし、世界中から約60名の演奏家が集合して演奏しました。
私は、KOTO VORTEXという4名の女性筝アンサンブルで活動してきましたが、そのグループが招待されたのです!
メンバーは、丸田美紀さん、竹澤悦子さん、水谷隆子さん、私の4名。
この日記にも何度も書きましたが、水谷隆子さんは、このカーネギーホールでのコンサートを楽しみにしていましたが、この日を待たずして逝ってしまいました。
残念でなりません・・・。でも、きっと一緒に参加して弾いていたにちがいないと信じています。

簡単に説明すると、同じパルスの上できれぎれのメロディーを個人個人が好きなようにつないで輪唱していく作品。1時間30分、60名の音楽家が休みつつもずっと演奏しつづけるのです。

演奏終了した途端、最上階のバルコニー席まで満員の聴衆が総立ち。歓声がホール中に鳴り響きました。
この瞬間にいられたことにただただ呆然としていました・・・。
世界の憧れの舞台に、筝があって、それを弾いている私がいる・・・それがなんだか信じられない気がして。

ニューヨークの街は生き生きとしていました。
毛皮を着ている人がいるかと思うと半袖のTシャツの人もいて、思いきりおしゃれを楽しんでいるし、若いカップルも白髪になったカップルも仲良く手をつないで堂々と愛し合っています。
誰がなんといおうと、私はこういう服が着たくて、この人を愛していて、思いきり仕事をして、思いきり遊んで、好きなように生きていく!
これが私の生き方!
人生楽しまなくちゃ!
そんな声が聞こえてきそうでした。

もちろんアメリカにはアメリカの、ニューヨークにはニューヨークの問題があるのでしょうけれど、私には堂々と生きることを謳歌している姿が年齢に関係なくとても若々しく、すがすがしく、凛々しく、すてきに思えました。
自分の人生だもの、自分の生きたいように生きなくちゃ!
すべてが思い通りになんていくはずがありません。
そんなわがままや傲慢ではなく、限りある時間だからこそ、限りある人間だからこそ、大切にすてきに。
颯爽と風を切って胸を張って笑顔で歩いていきたい!ニューヨークの街はそんな元気をくれました。

さて、5月2日(土)は大阪大学で公開講義を行います。ご案内はコチラ↓です。
http://www.osipp.osaka-u.ac.jp/leader/index.html

ゴールデンウィークは、少しのんびりする予定です。
みなさんは、どうすごされるのでしょうか?

新緑で黄緑の若葉が空をめざしてぐんぐん勢いよく伸びています。
その姿に影響されたのか、ニューヨークの空気に触発されたのか、どちらにしても、ちいさなことに振り回されないで自分をしっかり見つめて邁進したい!そう思っています。

2009年04月15日 『まずはやってみること』

春になると、なぜか亡き人を偲ぶ気持ちが強くなります。
祖父母のこと、先生のこと、友人のこと・・・。
こんなに花が咲き乱れて、明るい日の光がさして、新しい命が芽生えていく季節だというのに。

私の身の回りには、亡き人たちがプレゼントしてくれたたくさんの物があります。それを見て、手にとって、あるいは使うとき、それらの「物」からたくさんの記憶が甦ってきます。
交わした会話、そのときの表情。
そうして、ひとりごとのように話しかけます。それらの「物」が橋渡しして私のことばを届けてくれるような気がして・・・。
今ここにいたら、なんと答えてくれるだろう・・・と思うことも。

さくらは、春の淡雪。
泡のように、幻のように消えて、思い出だけが心の中に残される・・・。

今年もまた熊野に行ってきました。
山も海も川も変わらず、私も変わらず、河原のひだまりでお昼寝したり、ぼーっと山を眺めて風を感じていたり・・・。
鳥や虫の鳴き声も川のせせらぎも一晩中聞こえます。

あれこれ考え込むときも、迷うときも、立ち止まってしまうことも、わからなくなってしまうこともあるけれど、どんな糸口でも見つけたらまずはやってみること。
今はそう思っています。
構想をいくら練ったところで、何かが違うと思ったところで、それはあくまで想像の世界。
どんなちいさなことでもいいからとりあえずはかたちにしてみる、からだを動かしてみる・・完成や完璧を求めても、それは不可能だし、そう思った時点でもうその先はありません。
ずっと学んでいくんだ、いつでも途上なんだという気持ちで、やっぱり生涯チャレンジャーでいたいですよね!

つるつるのきみどりの芽や葉っぱが風に揺れています。
かわいいウグイスの声が山から響いてきます。

春、はじまりの季節。

「おわり」にありがとう。
そして、「はじまり」によろしくねと手をつなぎたい。

そんな春、そして、初夏へ。

↓熊野で撮った写真です

菜の花はおひさまのお使い
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しばざくらはおしゃべりして
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風のこどもがやってきた!
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川面に揺れる鯉のぼり・・・こどもたちへの祈り。
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