最後の曲に行く前に、NINA Duo の南部やすかさんをご紹介しましょう。
プロフィールは彼女のHPをご覧になっていただくとして、私と彼女との大きな違いは、まず、年齢(笑)。
彼女はアメリカでの生活を経てドイツ留学。6年ほど前に日本にやってきたばかり。もちろんきれいな日本語を話されますが、英語の方がしっくりくるそうです。
そう、彼女のベースはアメリカで、私は、ベースも何も生粋の日本人!

話はやや逸れますが、ニューヨークに来てからというもの、こういうときにはこういう反応が返ってくるという予想は悉く裏切られ、日本で「常識」とか「普通」と思ってることはあっさり崩されました。「否、そんなはずはない。おかしい。普通はこうでしょ?・・・。」と思ったところで、誰も立ち止まってもくれないし、振り向いてもくれないし、気が付いたら不平不満の塊は道行く人に踏みつけられてぺしゃんこにつぶれているというような感じです。
それを繰り返していくうちに、小さな社会でどうでもいいことに心を無駄に悩ませていたなあ。とか、これだけは何度踏みつぶされても守る!と思うことに集約されていくのです。
でも、アメリカから日本の社会に入ることになった南部さんはきっとその何倍も大変だったことと思います。
アメリカではいろんな人種の人たちが一緒に暮らしているから、価値観が違って当たり前。だから、わからないことや違うと思ったことは、全部ことばではっきりと伝えなければなりません。それが普通だから、どんな違った意見を言おうと、「逆らった」とか「ずうずうしい」とか「分をわきまえない」とかいうことにはならないわけです。変な感情は後に残らないし、「空気を読む」なんてありえません。何か言わなければ何も始まらないし何も進まない。私にとってはどれだけ勇気が要ったことかしれません。どちらがいいとかではなくて、そういう文化なのです。
それでも、アメリカに来れば私も「外国人」。少々ずれていようがめちゃくちゃであろうがまわりも大目に見てくれるし、なにより私の中で、外国人だからわからなくて当然という開き直りができたことは大きかったです。
南部さんは日本人のお顔をしているから、日本にいれば、まわりの人たちは自分たちと同じ価値観を持っていると思いこむでしょうし、たぶんなんとなく居心地が悪く、違和感を抱えてらっしゃったのではないかなと思います。私の勝手な想像ですが・・。

彼女が見る日本は、外国人が見る日本でもなく、いわゆる日本人が思う日本でもないわけです。
どんな風に見えているのだろう?

ふたりの共通点はいろんな音楽が好きなこと。古典も現代曲も、リズムがあってノリのいい曲も、情熱的な曲も、おだやかな優しい曲も・・・。
「吹く」ということだけに無心なことが、彼女の透明感のある音や音楽の魅力の元だと私は思います。

日本でもNINA Duo のコンサートをいつか実現したいと思っています!

そして、最後の作品。「インドラの網」。
東日本大震災への追悼と祈りをこめて武智由香さんが精魂こめて作曲された新作。さまよっているいくつもの魂を慰めるため、かなしみの鐘のように響く筝の音と彼岸へと導くようなフルートの響きの中で、宮沢賢治の詩がかすかに歌われ、やがて筝の和音の響きは花になって、フルートは光になって、遠くへ遠くへ。

会場の中は静まり返って、私たちも、そこにいるすべての人たちが手を合せました。

3.11 以来、衝撃とかなしみと無力感で息をすることさえも後ろめたいような気持ちのまましばらくは虚ろな毎日でした。
被災地でそれほど愚かなことはないと教えられました。
わたしたちは失われたたくさんの夢を背負っているんです。

はるか彼方の世界に離れていってしまった人たちと出会う場を開くことができるのは音楽。
「いのち」の喜びもかなしみも分かち合えるのが音楽。
きっと・・・。

終演後のレセプションではワインもふるまわれ、にぎやかに約1時間お客様たちとお話することができました。
コンサートの後、こういう時間が持てるのは素敵ですね。

カーネギーホールでの華やかな一日が終わりました。
楽器を積み込もうと外に出たら、もう真っ暗で冷え込んでいました。空気の冷たさ、ニューヨークの喧騒、足早に通り過ぎる人たち・・・そこはもう日常。
夢のような時間から、現実に溶けるように滑りこんでいくのを少しためらって、ホールを振り返り、またいつか、ここで演奏できたらいいな。と思いました。

とびきり幸せな時間をありがとう。
すべての瞬間に、すべての出会いに、心からありがとう。

おしまい

前半のプログラムは、
●上弦の曲(沢井忠夫作曲)筝&フルート
● Air (武満徹作曲)フルートソロ
●月夜の海(西陽子作曲)十七絃ソロ
● Spice (名田綾子作曲・世界初演)筝&フルート

出番直前はやっぱり緊張。それでも舞台で一音出した瞬間に、「演奏できて本当に幸せ。」というシンプルな気持ちでいっぱいになったのです。
「上弦の曲」は、波に乗って。「月夜の海」は、自分のオリジナル曲ということもあるし、十七絃の深い低音の響きに心が落ち着き、「Spice」はリズムに乗って楽しく演奏できました。

休憩は15分。でも、私にとっては貴重なチューニングタイム。
いろんなタイプの曲を演奏する時には、筝の場合、チューニングの作業が待っており、海外では1面の楽器ですべてを演奏しなければならないことも多いので、その準備で舞台に立っている時よりもよほど必死で殺気立っています。時間を気にしつつ、耳を集中させ、段取りを考えながら・・・。汗だくです!

さて、いよいよ後半。チョコレートを一粒と水分補給!これじゃまるでスポーツ選手?(笑)(そういえばお化粧直す時間もなかった・・。)

後半プログラムは
●春の海(宮城道雄作曲)筝&フルート
●筝と打楽器のための練習曲No.1 (神田佳子作曲)筝&ジャンべ
●デジタルバード組曲 作品15番(吉松隆作曲)フルート&ピアノ
●インドラの網(武智由香作曲・世界初演)筝&フルート

カーネギーホールは下見することもできなかったので、舞台裏から楽屋までの距離や動線は全く考えておらず、コンサートが始まってみたら、舞台裏と楽屋にはゆるやかだけれど坂があり、階段があり、1曲演奏するごとにチューニングのために楽器を持ってそこを往復します。まるでトライアスロン?(笑)。
終演後のレセプションで「西さんは演奏される前、いつもにっこりされていましたね。」と言ってくださる方がいて、「えっ?そうでしたか?」と、自分でも意識していなかったのでびっくりしましたが、舞台裏で必死で準備をしながら、これからようやく演奏できる喜びでいっぱいだったのだろうと思います。
まるでごちそうを目の前にしたこどものように(笑)。

楽器を持って走りながら、走る速度は曲を追うごとにだんだん遅くなってきたような気がしたけれど、志半ばで亡くなった親友や教え子のことが頭に浮かんできました。そのときの気持ちは説明できないけれど、後押ししてくれたことにはちがいありません。

「春の海」は、筝の定番ですが、生で聴く機会というのは意外とないそうなので、ゆったりとした気分を味わっていただけたと思います。

ジャンべとの「練習曲No.1」は、共演者のヴァレリーさんともすっかり仲良くなり、ピタリとお互いの息を合わせなければならない難所があるこの作品。
今日はどうなることでしょう?
さあ!これから演奏というときになって、私、はたと忘れものに気がつき、舞台の上で” I’m sorry ! ” と言って、楽屋まで忘れ物の取りに行くことに・・・。客席から笑いが・・・。(ヤッテシマッタ!)
でもね、この曲は、打楽器奏者が「先生」役、筝奏者は「生徒」役。ピアノの練習曲ハノンのメロディーを先生のたたくリズムに合わせて練習し、最後は左手にも爪をはめて弾いてしまうよいう遊び心たっぷりの楽しい曲。ヴァレリーさんは表情豊かで、いかにもアフリカの打楽器奏者らしく、大らかで自由な人。
彼女はもはや舞台では先生になりきっていて、「忘れ物?いいでしょう。取りに行ってらっしゃい。」と言わんばかりのジェスチャーで私を舞台から楽屋に送り出してくれました。
そして、あわてて戻ってきて、今度こそ、レッスン開始!
決めなければならないところはすべてピタリと決まり、ふたりでにっこり!
最後は盛り上がって、お客さんたちも大喜びしてくれました。

いよいよ最後の曲・「インドラの網」は、東日本大震災への追悼の思いと祈りをこめて書かれた作品です。

つづく

 

カーネギーホールでのコンサート、大好評のうちに終えることができました。
応援してくださった皆さま、本当にありがとうございました。

コンサートを終えてここ3日間は、ひたすら寝てばかりで、こんなにも寝られるものなんだ・・と自分でも感心するほどでした。すぐご報告をと思いながら、PCの前に座ってはうとうと船を漕いでしまうようなありさまで・・・。
失礼いたしました。

コンサートの1週間くらい前からデュオの曲のリハーサルも始まり、新作の音楽作りもスタートしました。切羽詰まっていましたから1日8時間くらいのリハーサルはほぼ休憩なしの状態。その間は、緊張というより、興奮していたのでしょう、頭の中が全く休まらず、ベッドに入っても2時間くらいで目が覚めてしまい、睡眠不足が続きました。それでも、アドレナリンが異常に出ているのか、元気で、リハーサルはすごく楽しく、つらいということは全くありませんでした。

ニューヨークでは、お筝屋さんも楽器まわりのことを手伝ってくれる人もいません。たったひとり・・・。
でも、いろんな国でソロコンサートをしてきた経験がいつの間にか私を強くしてくれていたのか、鈍くなったのか(笑)不安というものはありませんでした。ただ、カーネギーホールで演奏することのなんともいえない幸福と興奮でわくわくしていました。

コンサート前日は、早めにリハーサルも個人練習も切り上げて、この日はたっぷり睡眠を摂ることができ、しかも当日の朝食は、カロリーたっぷり(笑)アメリカンブレックファーストを時間をかけてゆっくりいただくことができました。この睡眠と朝食がまるでガソリンのようにこのあと私を走らせてくれました。

朝9:00楽屋口に到着。車から筝や十七絃、立奏台やもろもろの荷物を舞台に搬入。まだ誰もいない舞台にしばし佇んでホールの空気をからだいっぱいに吸い込みました。そして、感謝しました。カーネギーホールに限らず、演奏前のこの静かな時間は私にとってとても大切な時間です。ここで行われてきた演奏会を想像し、響いた音を想像し、そして、今日来てくださるお客様を想像し、そのすべてを受け入れてくれるこの場に感謝し、対話する尊い時間・・・。

そして、おもむろに楽器の準備を始めます。筝は大事に布に包まれていて、紐を解いたり結んだり・・・そんな様子が外国の人にとっては珍しく見えるようで、よく” Your baby ? ” と言われます。返事は、” Yes, my big baby ! ”

9:30 に南部やすかさんが到着。リハーサル開始!
時間は厳しく決められているので、立ち位置を決め、プログラムをひととおり通すだけ。舞台の人に楽器のセッティングの細かい説明をしている余裕などありません。ぎりぎりにリハーサルを終えたら、舞台スタッフはランチに出かけたあと・・。気がついたら13:00前。

わあ!着替えて調弦して・・・どうがんばって準備しても開演ギリギリ!
昨日の夜に買ったドーナツを非常食として入れてきて正解!

まずは、ちょっと落ち着こうと思って鏡の前に座ったら、テーブルの隅っこにかわいいお花が。
ん?ニューヨークにお花を届けてくれる方もいないし、共演者のヴァレリーさんに” Yours?” と尋ねたら、首を振って明るくやさしい笑顔でお花を持ち上げて” for you ! ” と言って私にカードとともに手渡してくれました。
カードを見てみたら、なんと!和歌山と鎌倉の私の教室のお弟子さんたちから!!!
なんというサプライズ!!!
お弟子さんたちの笑顔が目に浮かんで、ひとりぼっちの楽屋が急ににぎやかになったようでした。
ありがとう。みんな!

衣装に着替え。洋服を買う時間も結局なくて昔から着ているもの。

ホールの事情も何もかもわからないことだらけだけれど為す術はなく、だから、かえって開き直れたのかな?
こんな素敵な場所で演奏できる幸運を思いきり味わって、思いきり楽しまなければもったいない!
余計なことはどうでもいい。

緊張は吹き飛んで、気持ちのスイッチが入った!
さあ!舞台へ。

1曲めは、沢井忠夫作曲「上弦の曲」。

つづく

もうすぐ、カーネギーホールでのコンサート。お部屋にこもって練習する毎日ですが、休憩も兼ねてアパートメントのまわりをお散歩。
道の両側にある銀杏の木は、すっかり葉っぱが落ちて、歩道には落葉がいっぱい。そして、5時になるともう完全に暗くなって夜になるのだけれど、クリスマスの灯りでとても華やか。

昨日は、ニューヨーク在住のパーカッショニスト、ヴァレリー・ナランジョさんとのリハーサル。2時間半のリハーサルはあっという間に終わってしまいました。雑談もほとんど無く、ひたすら楽譜の読み合わせと呼吸合わせ。・・・というと、なんだかストイックな練習風景を想像されるかもしれませんが、” Oh! My Gosh !! ” と、頭を抱えたり、もごもごと声を出して数えたり歌ったり・・。楽しい!
彼女はアフリカの打楽器を演奏する音楽家(今回の作品はアフリカの打楽器・ジャンべと筝のデュオなので、コロンビア大学の先生が彼女を紹介してくれました)。だからか、その掛け声というか、数える声がすごくかっこいい!
私も、なんか声を出してかっこよく数えて筝を弾いてみたい!と思いました。(笑)

明日は、作曲家の武智由香さんがニューヨークに到着され、一緒にリハーサルする予定。今回のコンサートのために彼女に新作を委嘱しました。
タイトルは「インドラの網」。東日本大震災への祈りをこめて、岩手の作家・宮沢賢治の詩をモチーフに書かれた作品です。かなしみと祈りと、そして慈しみ。最初の音、最初の1フレーズから胸がいっぱいになります。明日からは、南部やすかさんもドイツからニューヨークに戻り、本格的な共同作業の開始です。

コンサートのタイトル「JAPAN RISING」は、私が在籍しているコロンビア大学の中世日本研究所のバーバラ・ルーシュ教授が提案してくださいました。タイトルについて特にお話はしていませんが、たぶん、大震災のかなしみを乗り越え、復興し、さらにすばらしい未来へという希望と祈りをこめてつけてくださったのだと思っています。

こどもの頃からおもちゃがわりに遊んで楽器と接してきた私にとって、大学時代「日本」や「伝統」をいきなり背負わされた気がして、窮屈で、エキゾチズムがついてまわるのが本当に苦痛でした。
でも、今は、伝統のある楽器であることが、日本の楽器であることが、とても誇らしく思えます。そして、エキゾチズムであるかないかなんてどうでもよくて、ますます筝という楽器の魅力にひきこまれています。
この楽器の不思議で魅力的な音を、広くて深い音楽の世界を聴いてほしい!そして、一緒に味わって楽しみたい!そしてそして、もっとわかりあいたい!単純にそんな気持ちです!

NINA DUO in Carnegie Hall

ちなみに、NINA というDuoの名前は、研究所の助手であるパティーさんがつけてくれたのですが、NishiのNI, NambuのNAをつなげたもの。なんて素敵なアイデア!すごくCuteで、とても気に入っています。

未知の世界に向かうことは、不安はつきもの。だけど、やっぱりもっともっと知りたい。それが夢であり、希望なのかな・・と思います!

 

 

 

 

 

みなさんのまくらもとには何がありますか?
私のまくらもとには本が積み重なっています。活字中毒というと知的なにおいがしますが、私の場合はともかく本が無いと不安になります。本があるというだけで安心してよく眠れます。
ニューヨークに来て、古本を買っては売り、また買い・・・。
本を読んでいるときは、自分が自分であることを忘れて、違う誰かになったり、見知らぬ国にも、時代にも飛んでいけます。読みながら泣いたり笑ったり、気づかされたり。夢中になると分厚い本も一日で読んでしまいます。
そして、読み終わったあとは、夢からさめたようで、まるいちいさな太陽のようなものが心に残ります。

友達をつくることが苦手だった私にとって、本はいつも私の手をとって、知らない世界を見せてくれる友達のような存在でした。だから、不安なときも本があると落ち着いて、勇気が出て、ひとりじゃない気がするのです。

音楽はどんな存在?
本よりも躍動的で、もっと激しくて、もっと直接的なもの。本当に風が吹いてくるような、野原を自転車でかけぬけているような、嵐の雨に打たれているような、そんな「感触」のあるもの。泣きだしたら止まらないような噴き出してくるもの(笑)。

まくらもとには、あとはほんのりとしたやわらかな香りのするものがほしいですね。
一時、本番前の緊張を和らげるために、オーデコロンに凝っていたことがありました。もちろん高カロリーで即効性のあるバナナも効きますが(笑)、香りもには包まれている安心感がありますね。

たわいもないお話。
そんなわけで、どこでも眠れる私にとって、まくらもとに何があろうと関係なくいつ何どきでも眠れはするのですが、まくらもとはちょっと特別な場所なのです。
結局、必須の、ど近眼用のめがねと、読みかけの本を数冊。今はBABY用のほのかな香りがお気に入りのボディークリーム。そして、たまに、手触りが気に入っているピンクの石も。
2年前イグアスの滝の近くの宝石屋さんに日本語のすごく上手な音楽大好きな女性の店員さんがいて、ちょうどその時CDを持っていたので彼女にプレゼントしました。今年、そのお店を通りがかったら、なんと!覚えてくれていて、声をかけてくれました!CDを楽しんで聴いてくれているみたいです。感激!!!その彼女が来店する人たち全員に配っている石。私にはピンクの小さな石が当たりました。何の石かもわからないし、どこにでも転がっているようなかたちの石で、宝石にはならないものなんだろうけれど、手の中で転がしていると、妙に気持ち良くて、いとおしくて、安心するんです。そうして遊んでいるうちに、どんどんつるつるになって、味わいが出てきたように思います。
石をかわいいと思うのは変でしょうか?

大げさにいえば、まくらもとは自分だけの空みたいな、宇宙みたいなものです。

明日から一時日本に帰国します。日本でも移動移動で国内線に何度も乗ります。
ニューヨークに再び戻ったら、いよいよカーネギーホールでのコンサートの練習一色になります。

近所の銀杏はすっかり黄色くなりました。どうしてか日本のように木のかたちが整っていなくて、枝は葉っぱの重さに耐えかねてだらりと垂れ下っています。その疲れたような街路樹の様子を毎朝笑いながら眺めます。「もうたまらんよ~。」と朝っぱらから眉をひそめて言ってるみたいで(笑)。

日本の紅葉、少しは見られるかしら?

 

今、ニューヨークで日記を更新しているのですが、時差があってちょっとずつズレが・・。ハロウィンは10月31日でした。
ですから、この日記も2日になってしまいますが、こちらは1日。今日から11月が始まりました。
文房具を買いに近くのSTAPLESという大型文具店に。
ともかくなにもかも量が多い。まとめ買いが大前提。
今日はCD-RがSALEで10枚5ドル。よし!これにしよう!と、レジに持って行ったら10ドルと言われ、「それはおかしい!5ドルって表示があったよ!」と抗議。(はちゃめちゃな英語でも抗議できる勇気が持てるようになったことは進歩だ!と自分の成長を自分でほめる(笑))
レジの女性と一緒に棚まで確認に行ったら、「ほんとだわ・・。」。
そのあと、彼女が、向こうの方で仕事をしていたフロアのチーフに「この札ついてたけどこの値段でいいの?」とぶっきらぼうに、だけど、大きな声で問いただすと、「それは昨日までの値段だよ。もうその札ははずしておいて。」と。
ラッキーというべきか否かはともかく、ちゃんと5ドルで買えました(笑)。

すべてにおいて、言わなければ何もしてくれません・・・でも、言えば結構ちゃんと対応してくれます。
学校の授業も、みんなが理解できていようができていまいがお構いなし。
えっ!?なんて薄情な!と思うけれど、質問すればどんな小さなことでもちゃんと質問をやめるまで説明して答えてくれます。わからないことは全然恥ずかしいことじゃない。
質疑応答に、みんなすごく慣れているんですね。
日本人はことばで説明するより空気で察する・・。
どちらの感覚も持って、必要に応じてスイッチできればいいですよね。

さて、ブラジルのお話のつづきを・・・。

今回、私は、このサンパウロでのコンサートのために「蒼い森」という曲を作りました。イグアスの滝に続く熱帯雨林を上空から見たときの感動をいつか音にしたいとずっとずっと思っていたのです。イグアスの滝を見るのが目的でヘリコプターは飛ぶのですが、そこに至る森林は果てしなく広がり、呼吸し、まさに生きていて、声が聞こえてくるかのようでした。木の連なりは連続する声のように、これでもかというくらい心に何度も何度も迫ってきて、逃げる隙間を与えてくれません。私はただその繰り返しに身体がバラバラになりそうで、心はふくらんで破裂しそうでした。
その思いをすぐには曲にできなかったので、まずことばにして詩を書き、そこから音を探していきました。
詩を書いているうちに、今危機に瀕している森のこと、ここで起こっている生命の連鎖のこと、水のこと、そしてまた、移民として入植した人たちは苦難の中どんな気持ちで地平線に落ちる夕陽を見たのだろう、自然と人間が共存していくことって・・・。次から次へといろんなことが頭をよぎりました。
暗くかなしいだけの曲にしたくない。それだけは決めていました。
どうしてそんな風に思ったのだろう?
どんなときでも明るい光や希望がほしいから!

7つの小さな曲からなる組曲にしました。
途中、サンバ風の部分があり、客席では踊ろうとしてくださった方々もいて、拍手や歓声もあがりました。
すごくうれしかった!!!
やっぱり初演は緊張と不安でドキドキ・・。しかもブラジルがテーマの曲をブラジルで初演ということで、みなさんとても興味を持って聴いてくださっていましたから・・・。

最後の曲は「月夜の海」。
終わったら、客席のみなさんが立ちあがってスタンディングオベーションしてくださいました。
熱気に包まれた笑顔がいっぱいの会場。
すべてが最高に楽しかった!!!

ブラジル大好き!

muito obrigada ! (本当にありがとう)

 

 

 

 

今日は、ハロウィン。
ということも忘れて、朝食のあと、セントラルパークを散歩しようと歩いていたら、変装した怪しげなこどもたちが吸い込まれるように入っていく建物が!
なんだろう?と、後を追って入ってみると・・・そこは、自然史博物館。恐竜から天体、遺跡、鉱物・・・。私の大好きな博物館ではないですか!正面とは随分印象が違うので気がつかなかったけれど、こんなに私のアパートメントから近いとは!
というわけで、前回はさんざん恐竜コーナーで興奮しましたが、今回は中南米の遺跡に関するもの、アフリカのさまざまな民族の生活、歴史・・・に大興奮。(メトロポリタン美術館でも、夢中になるのは、人の少ないミクロネシア地域の展示コーナー。)
そのほかに今回は鉱物の展示にも見入ってしまいました。宝石類は身につけないし、よくわからないけれど、石には神秘を感じます。

さて、サンパウロでの本番。

みなさん、あでやかな着物姿。
幕が上がる前に、すべての筝の調弦を確認。舞台の上はクーラーがきかなくて、全員すでに汗だく。
「楽しく弾きましょう!それが一番大事!」と、みんなでにっこり。最初のテンポも確認して、さあ、幕が上がりました!
満員のお客さま。演奏者は筝が私を含め15名、尺八は5名。ひとりひとりの名前が紹介され、拍手の中、演奏スタート。
全員の気持ちがひとつになって、さらにお客さんとも一体になって、とてもいい気持ち。楽しい!
当日たった1回の短いリハーサルでここまで演奏できるなんて、みなさんそれぞれがこの瞬間をめざして一生懸命練習されたのだと思いました。

幸せをかみしめながら、演奏は終了。
大きな拍手の波。
みんなの笑顔。
聴いてくださった方が、「すごく感動した!」とあとから言ってくださいました。

日本から一番遠い国。地球の反対側にある国。

一連の行事を仕切ってくださる方々は、企業の社長さんや大学教授の先生方で、その世界では権威と言われる方々。その方々が、大学での講義を終えて、舞台の幕を開けてくださったり、はたまた楽器の移動を手伝ってくださったり・・・。恐縮しながら感動と尊敬と羨望と感謝の涙でなんだかぐちゃぐちゃでした。
筝・尺八チームは、流派の軋轢なんてなんのこと?と、まったく素通り(笑)。ただただ音楽を楽しみました。
「ひとりの人間。それでいいじゃない!」そういうことですよね?

ある先生が、私を車で送ってくださる時、「この国では、普通に、世界の中で対立している国の人同士が結婚して、人種差別というものがないんですよ。」とお話ししてくださいました。

なるほど!(すべて納得!)

世界はこの素晴らしさを学ばなければならないと思いました。

つづく

サンパウロでのコンサートを終えてニューヨークに戻ってきました。
戻ってきた途端にニューヨークは雪。

ブラジルに行くと不思議に元気が湧いてきます。食欲は旺盛になり、そして、なによりここには日本人の美しさや誇りが今も生きていて、日本で生活している私たちにそれを思い出させ、取り戻させてくれるのです。
移民として渡ってきた人たちの想像を絶する苦難と切り拓かれ築かれてきた歴史。それを支えていた日本への思いと日本人としての誇り。
ここに来れば誰もがその熱に心を動かされることでしょう。

ブラジルに行くのは3回め。したがってコンサートも今年は3回め。
昨年は、筝のワークショップをして、そこに参加してくださった方々との共演を今年は実現していただきました。曲は、沢井忠夫作曲「黒田節による幻想曲」。
さまざまな流派混合のアンサンブル。コンサートの約1カ月前に曲を決め、楽譜をニューヨークからブラジルへ送ろうと思ったら、ブラジルはストで郵便は1週間ストップしたまま。和歌山にいる生徒さんに楽譜をスキャンしてデータで送ってもらって確認し、それを今度はブラジルに転送。最初は参加してくださる方がいらっしゃるかな・・・と心配しいましたが、どんどん増えて結局は残念ながら舞台の関係で参加者を制限せざるをえなくなりました。
そんなにたくさんの方々が参加を希望してくださったなんて!!!うれしくてうれしくて大感激!

サンパウロに着いたのは本番前日の夜。空港に降り立った瞬間に生命力あふれる熱気が包んでくれます。楽器も、日本チームとお迎えに来てくださったサンパウロの方々に大切に大切に扱っていただき、感謝の気持ちでいっぱいでした。

本番の日は、朝からリハーサル。初めての合わせ。
わあ!昨年ワークショップでお会いしましたね!と、感激の対面!
リハーサルは3時間足らず。みるみる演奏はまとまり、お昼はみんなでお弁当。これがまた楽しくて・・・。

私はそのあと、ソロの曲のリハーサル。

今回は私の新作を発表しました。タイトルは「蒼い森」。
初めてブラジルに来たときにヘリコプターで上空からイグアスの滝を見せていただきました。イグアスの滝はもちろんダイナミックでしたが、そこに至るまでに延々と続く熱帯雨林にただもうことばを失い、全身が震えました。そして、いつかこの森を音にして表現してみたいとずっと思っていました。
サンパウロで初演できることを光栄に思いながら、同時にあの大自然に到底追いつかない自分の作品がこの地に住む人たちに受け入れてもらえるだろうかという不安も・・・。

さて、みなさんもお着物に着替えて、私もリハーサルを終え、準備をしていざ本番です!

つづく

 

 

ずっと更新を怠り、復活しては、途切れ・・・ずっと読んでくださっていた方々には本当に申し訳ありませんでした!
この日記を発見してくださる方がいらっしゃるかな・・・?

一昨年は、ハンガリーとドイツでソロコンサートツアー、去年は、上海万博で公演、そのあと、秋から冬にかけて、ニューヨークでコロンビア大学の客員研究員として生活しました。
実は、今もニューヨークでこの文章を書いています。

今年は、新しいCDをリリースしました!上海万博で初演した自作曲「月夜の海」をタイトルにしたアルバムです。アマゾンでもそろそろご購入していただけると思います。
「ファンタスマ」以来9年の活動をまとめたものになりました。
情報など整い次第アップしますので、どうぞよろしくお願いします。

まもなくブラジル公演があります。
ブラジルは3回目。現地の方々との交流も深まり今回は共演の夢も叶い、また私の新作も発表します。ブラジルに行くとエネルギーをいっぱいいただきます!
またここでご報告したいと思います。

写真も復活させたいな・・。

ニューヨークも木々が黄色く色づきはじめ、足元を落葉が舞っています。
朝、道で大きな袋を持った人たちが落葉を集めています。
寒いのは大の苦手・・。
ニューヨークの街は、これからさらに寒く、そして、にぎやかになっていきます。

今度こそ復活して、ゆるゆると長く続けていきたいと思います!

どうかみなさま、お風邪にはお気をつけくださいね。

 

昨日は鎌倉まつり。
今年も、「静の舞」の地方のひとりとして、奉納演奏させていただきました。

うれしいお知らせ。うれしいきざし。
3月10日に暴風のために倒れた大銀杏の木に新しい命が宿りました。きみどりいろのつるつるのかわいらしい新芽が、まるであかちゃんのように空に向かって手を伸ばしていました。
みんなの祈りが通じたのですね。
木のまわりにはたくさんの人が集まっていて、新芽が出たことを喜び、これから無事に育っていくようにと祈っていました。
千年近く、ここでさまざまな人々を見て、生活を見て、歴史を見てきたご神木。
そして生まれた新しい芽が金色の葉を鈴のように揺らす大木になるのはこれからまた千年近くの月日を必要とします。当然私も、すべての人々もこの世を去り、どんな社会になって、人々はどうなっているのでしょうね。

平安時代の人たちから現代の生活は想像もつかなかったでしょうけれど、同じように呼吸をして、同じ身体を持った人間であることは変わりません。
でも、これから先は、自分と同じコピー人間だって生まれてくる可能性があるし、月や他の星に住んでいることだってあり得るし、飛行機は宇宙を往来しているかもしれません。
逆に人類が滅びている可能性もあります。
親子の関係はどうなっている?学校なんてあるのかな?
ことばもきっと変化しているでしょう?だったらコミュニケーションだって、社会の仕組みも変わってるはず。
お金なんて無くなってすべてカード?鉛筆はなくなる?紙は?寿命はもっと延びてる?
整形技術が進んで年をとっても皺はない?
でも、眠る?食べる?見る?聞く?
でも、それも頭で想像すれば満足するようになる?

身体感覚がなくなっていったなら、人間はどうなるのでしょう?

レッスンをしていると、たまに楽譜を見ただけだとどんな風に弾いていたか忘れてしまって、さっぱり思いだせないときがあります。
だけど、その楽譜を弾くうちに頭より手が勝手に動いて思いだしていきます。
手に導かれて脳が動き始める・・・。自分でも不思議な感じがしました。

記憶って不思議です。
今日、久しぶりに詩を読みました。
少しのことばがぽつりぽつりとあって、紙面はほとんどが空白。

心が落ち着きました。
この感覚は、枯山水の石庭を見ているときに似ていると思いました。
ことばと次のことばに関係があるのかないのかわからない。
ひとつのことばが、波紋のように広がって何かを投げかけて、はっきりとした答えは何もなくて、だけど確かに立ち現れるひとつの世界。
においでその世界を確認するしかないような・・・。

書店に行くとハウツー本が並んでいます。
「○○する方法」「○○になるために」「○○すればあなたも○○になれる!」・・・
ほんとは、その方法を考え出すのが一番楽しいのにな。と思いながら、その前を通り過ぎます。
身体も能力も同じ人はひとりもいない・・・のだからやっぱり自分で考えるしかありません。
本の中にヒントはあったとしても、結局は自分自身と相談して、オリジナルな方法を考えるしかありません。
その過程で自分を見つめ、自分を知って、自分に気づきます。
そうして、また、他の人にも心を寄せることができます。

「はな」ということばだけで広がる豊かな世界。
目を閉じて想像する花は、何の花ですか?一輪ですか?
今はまだつぼみですか?
何色ですか?
かおりがしますか?
どこに咲いていますか?
散る瞬間ですか?

ひとつのことばが持っている広がりに身をゆだねて、時折は、風に揺られてそのかたちの変化にすべての感覚をそばだててみる・・・。

今日は久しぶりにそんな時間が持てました。

氾濫する饒舌な情報に埋もれてしまわないように。
雨の音は静けさを誘います・・・。

西陽子

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