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2008年07月08日 『ロンドン・チェルシーフェスティバル』

七夕も終わりました。
みなさんはどんな願い事をされましたか?

七夕の前日の夜、ちょうど日記を書き終えて真夜中にベランダに出てみたら、霧が深くて、いつもははっきり見える山々も白いけむりの中に隠れてしまっていました。
霧の夜。
視界がどんどん狭くなり、すっぽり白いベールに包まれてこのままどこかへ連れていかれるのではないかしらと思うほどでした。
しばらくベランダの手すりに頬杖をついて、山や川や道を眺めていました。
白い霧の中から見え隠れするかすかな木々の気配、緑の葉のささやき、どこからか聞こえる人の声、物音、せせらぎ、虫の騒ぎ・・・
時折、川面をなでるように、すべるように、霧の裾が通り過ぎていきます。
まるで、生き物みたいに霧は動きます。
ひとしきり視界を遮り、やがてどこかに吸い込まれるように薄くなって、正体を失い、どこかにあっけなく去っていきます。
夢のように・・

さて、つづきのお話。
ロンドンでのプログラムは、前半は筝のソロのみ。筝のために書かれた古典から現代までの作品。筝の伝統の系譜を辿ってもらえたらと思いました。
後半は、ラヴェル・シューマン・モーツァルトの美しい作品とクレズマー(ユダヤの民族音楽)やジプシーのにぎやかでノリのいいちょっとハチャメチャな要素もありのプログラム。
衣裳も、前半は白の全身を覆ったシンプルなドレス。後半はピンクで裾に白や緑や水色のフリルのついた華やかなワンピース。

そうそう、その後、演奏はどうなったか心配ですよね?(笑)

楽譜に関する行き違いがあったことは大問題で・・・
でも、なんと!みなさん夜なべをして(夜なべって英語あるのかしら?)CDから音をとって楽譜をおこしてくださったのです!!!(涙)
ようやく最後までとりあえずは通せるようになりました。

さて、それが前日。
明日は、もう本番。

仲良くなったでしょ?通せたでしょ?
それだけで音楽がいいわけないですよねー。

まずは音程の問題。
クラシックの曲は、やっぱりみんなで揃わないと、特にラヴェルなんかは4人で弾く場合きちんと合っていないと和音の美しさが出ないから、合わない音を拾って、みんなで音出し確認。ピアノが入るからピアノにともかく合わせましょう!と打合せ。
ジプシーやクレズマーはちょっと壊れていた方がいいから、はずしてもいいよ。わざとはずす必要はないけど、はずれてもお構いなし!

そして、ノリの問題。
筝でクラシックやジプシーの曲を演奏をすること自体が邪道(笑)。
だったら、オリジナルを気にしたってしょうがないし(所詮オリジナルにはなれっこないのですから)、筝の、生粋の日本人のノリで、私のノリで行かなくちゃ!
ラヴェルの曲は、少し東洋の音楽の影響を受けているから、逆にそこで遊んじゃって、筝独特の音を入れたり、全体の速さも筝の音にあわせて本来の速さとは随分違ったを思います。あっさり進んだり、少し揺れたり、長い時間をかけてのっていったり・・・曲を素材にしてしまって、だけど作曲者が大事にしている核の部分はもちろんしっかり受け止めたつもりです。
ジプシーやクレズマは、もう遊んで遊んで、本番には何があるかわからない、フェイントあり、突っ走ることもあり、ドジってもみんなで笑おうね!そんな感じです。それでみんなで音楽にしていくには、みんなが仲良く、思いやりをもちながらいたずらっぽくキュートでなければね!

作曲家の伝えたいことは、細かいテンポや正確な技術や音程、リズムではなく、それを超えた向こう側にあるかたちにならないもの。

筝でどうしていろんなことをするの?
クラシックや民族音楽のアレンジをやって一体なんの意味があるの?

そういうことをよく聞かれたし、自問自答もくりかえしてきました。
好きな音楽を自分の楽器で弾いてみるとどうなるだろう?そんな好奇心から始まって、やってみたら、こんなことも取り入れるとおもしろいかも!ここはこうしたらきっとステキ!そんな風に工夫が始まって、できあがったら、すっかりお筝にしかできないものになっていた!
意味はないかもしれません。
遊びに意味なんかないでしょう?

そうやって無邪気に遊ぶときもあれば、筝の響きにじっと深く聴き入りながら次の音を紡いで、その空間を染めていく、そういうとても静かな音楽のときもあります。

ひとつの顔じゃなくちゃいけませんか?

やりたいことを素直にやって、その瞬間瞬間がかけがえのないもので、自分のすべてがそこにあるなら、きっとその音楽が伝わっていくものではないのかな・・

いろんな顔があっていいでしょ?
それが全部私自身なら・・・

白い霧は、瞬間の舞台を作りあとかたも残さず消えてしまう。
それは少し演奏家の存在に似ているのかもしれませんね。

さて、ロンドンでの本番。
そのご報告は次回に。(でも、ここまでのご報告の方がたぶんおもしろいかも・・・笑)

2008年07月06日 『ご無沙汰してしまいました・・・・』

更新したいと思いながら、ずっとできずにいて、今夜ようやくできると思って日記を見てみたら、最後に更新したのは5月でした!
ビックリ!!!

結局6月は全く更新しなかったことを知って、ショック!(涙)水無月はいずこへ~?
いつも読んでいてくれるみなさま、ほんとうに失礼いたしました。

6月は今まで生きてきた中で一番多忙で、スケジュールは綱渡り的なものでした。
どこからご報告すればいいかな・・・

6月はじめに海外に行って、森の会の演奏会の前日帰国、翌日森の会本番。それから、和歌山に帰り、ロンドンでリサイタル、東京でのリサイタル前日帰国、翌日リサイタル昼夜2公演本番。
いろんな方々のご協力と支えがあって、どれも無事に乗り切ることができました。
お世話になったみなさま本当にありがとうございました。

体力と集中力・・・・・これがどこまで持つかなあと思いましたが、生来の「なんとかなる」という楽天的で脳天気な性格と、どこでもいつでも眠れるという無神経さが幸いしました。

ロンドンでは、現地のミュージシャンとの共演でしたし、楽譜も整っていない状態で、ピアノ・コントラバス・バイオリン・箏のアンサンブル。曲がわかっているのは私だけ。
最初のリハーサルは、悲惨・・・どの曲も最後まで通らず、おまけに勘違いで楽譜がちがっていたり、届いていなかったり、練習にほとんどならず・・・・リハーサルはあと明日と本番直前の2回だけ。ああ、一体どうなるのー?

ソロの曲は当然練習するひまなし(泣)

もう絶望的な気分には一応なっているものの、どこかで「なんとかなるでしょ。」とささやくちいさな天使?の声が聞こえます。

できることはなんだろう?

思いついたことは、音楽的なことではありませんでした。
ともかく、「仲良くなろう!」ということ。
英語はほとんどできないし、どうやって?

まずは、元気に挨拶をして、ありがとう。と、どうか一緒に楽しくやってね!というお願い。
練習して、こうしてほしいと思うことは率直に遠慮なく言って、よくなったら大きな声で「OK!GOOD!」と態度をはっきりわかりやすく伝えること。そして、明るくなるような雰囲気作り。

テンポはこうしてね。ここは私に合わせてね。ここは私が合図するからね。もっとハチャメチャに自由に壊れたみたいに弾いてみて。。。。。
判断と決断をすばやく、わかりやすく伝えること、それに対する反応も同様に。そうすることで徐々にコミュニケーションが取れてきて、音楽もまとまって楽しくなってきます。

日本では、「察する」ことが大切で、そうすると相手の気持ちを読みすぎたりして、どんどん内側に籠ってパワーがなくなってしまうことがあります。その点、外国だとことばがわからないことが幸いしているのか、言語そのものがそうなのか、そういう遠慮や憶測の必要がなく、逆にそうしていると何も始まらないし、気が楽なように思います。
こんなことを言ったら言い過ぎかな・・・とか、今の言い回しは相手を傷つけてしまったかな・・・とか、私の英語ではそんなことを考える余裕もないし(笑)、そんなことは気にせずともかく伝えることが大事ですから。

さあ、そんなわけで、モトキさん(ピアノ)、マイケル(バイオリン)、アラン(コントラバス)と私の4人のジプシーもどきのあやしいにわかバンドが結成されたわけです。

このつづきは次回に。
まずは、ご無沙汰してしまったことのお詫びのご挨拶かたがたの本日の日記でした(深謝)


2008年05月31日 『私のアルバム』

日々の予定に追われ、気がついたら、もう今日で5月が終わってしまうのですね!(汗)
すべりこみで更新・・・なんだか最近このパターンだなあ(うっ。。)

我が家のかわいいツバメくんたちも晴れた日には、すごいスピードで道路の上をシューッシューッと飛び回っていますが、雨の日はおとなしくしています。
裏の川は緑がこんもり。今年は鳥の鳴き声が夜中でもしていて、カルガモや白鷺?ウグイス、ツバメ・・・ともかく鳥たちがいっぱいいます。

日常のできごとといえば、熊野で出会った方々からお写真を送っていただいたり、電車で年配の女性に席を譲ることが多くてそのお礼にとキャラメルやガムをいただいて洋服を誉めてもらったり、見ず知らずの人との交流がたくさんありました。
移動が多かったからですね。

そして、芸大の生田流箏曲の同窓会組織である森の会のリハーサルでは、久々に先輩や同級生、後輩と会って、どの学年がどうだったという話に花が咲きました。

私の暗黒の芸大時代(笑)の記憶が甦りました。

芸大の中のことはなんにもわからずに運よく入学してしまったので、課題に出される曲はほとんど見たことも聴いたこともない曲で、しかも最低でも10分くらいはある古典が中心。
そして、なんと!それを1週間で暗譜しなくちゃならないような過酷なレッスン。

お筝の楽譜は漢数字で書かれているのですが、それが四六時中頭の中をぐるぐるまわっていて、汗も涙もすべて漢数字のようで、息をしても口から憶えたばかりの楽譜の数字が漏れて出ていきそうでした(笑)
眠っていても夢の中でお筝を弾いていて、途中でわからなくなって、飛び起きて電気をつけて楽譜を確認したりして・・・。

朝は早く行って、大学の食堂で朝食のパンを買い、練習室にこもって練習。
地味な(笑)蒸しパンとサンドイッチと甘いカフェオレが定番でした。
上野公園を歩くと、レッスンが憂鬱で下を向いて歩いていた白い早朝を思い出します。

帰り道、たまに友達とあんみつ屋さんに行くことくらいが楽しみで、いつもさっさとうちに帰っていたので、ほとんど遊びに行った記憶がありません。
華やかな大学生活とはほど遠い地味な毎日でした。

そんな手探りの状態で学んでいった4年間。
何かをつかむまではすごく時間がかかったけれど、その分濃くて充実した4年間でもありました。
卒業時に思いがけず、御前演奏に選んでいただいたのはうれしかったなあ。。。

小学校から大学まで友達と遊んだ記憶はほとんど無くて、流行には極めて疎かったです(笑)。
思い出を辿ると、小学校の頃ひとりで寄り道をして眺めていた景色や遊んだれんげ畑、高校時代通学路を自転車でかけぬけた時の風の感触とか、大学時代練習室から見えた夕陽や富士山、そんなことばかり。

でも、そこに重なるのは「想い」。

高校時代、自転車で風に吹かれながらきっと将来の夢を想っていました。希望に満ちてあの坂道を毎日上っていました。
大学時代、真っ赤に染まった夕焼けの空を見ながら、こんなことに負けないでがんばらなくちゃ!と自分を勇気づけていました。
中学時代、思春期に読んだ本の中に出てくる恋愛にほのかな憧れをもって、きっと空を眺めていました。
小学校の頃は、やっぱりおかあさんに草花を届けたいと思ったのだろうと思います。

今も変わらない。。。
私の記憶はいつだって想いと風景が重なって、よりあざやかに、より深く、刻まれていきます。

明日から6月。水無月ですね。

2008年05月06日 『夏のきざし』

今日は連休の最終日。とてもいいお天気でした。

5月になりましたね。皐月(さつき)という呼び方が一番なじみ深いですけれど、菖蒲月(あやめづき)とか早苗月(さなへづき)という呼び方もあるようで、聞いただけで目の前に風景が広がります。
自分でつけるとしたらどういう呼び方が5月にはピッタリかしら?と考えてみたり・・・

「きみどりづき(黄緑月)」とか「かぜさやぐつき(風さやぐ月)」とかかな・・・

あんまりお天気がよかったので朝からベランダにお布団を干して青空をしばし眺めていると、カエルの声や川の水の音、風で木々の葉が揺れる音、ただいま修行中のウグイスの鳴き声が聞こえてきます。

そういえば、今年もまたツバメが我が家のベランダに帰ってきて、せっせと巣を作っています。パソコンを打つ横で、藁をくわえて忙しそうに行ったり来たりしている様子がちらちら見えるんです。
たまに、ベランダの手すりを横歩きしているツバメくんを鳴きまねしてからかってみると、わらをくわえたままキョトンとこっちを見ています。

今日は鎌倉駅まで散歩に出かけました。
私が通る道はあまり人通りのない静かな切通しと言われる小道。春に通ったときのことを思い出しながら、風のにおいはもう夏に変わっていることに気づきます。若葉が伸びて、春には明るかった道が葉っぱで影になってお昼なのに少し暗くてひんやりします。
風が吹くと、ばさばさと木が揺れて、葉っぱのこすれる音でいっぱいになって、小さな山の谷間の小道はタイムスリップしそうです。
重なる葉のすきまに抜けるように青い空が見えて、光がさしこんで、葉の重なりの濃淡が影絵のようでした。

自分の息の音が風にまぎれて、ちいさな渦ができます。
こうしていると、自分がここに存在していることが不思議になります。

生きていることは幻想なのかもしれない・・・

先日大阪大学でお話と演奏をしました。法学部の学生さんが半分くらいで普段はほとんど接点のない方々との交流はとても興味深く、有意義で、楽しいものでした。
学んでいるそれぞれの知識や技術はちがっても、もしかしたら、それらはすべて人間としての生き方や幸福につながっていくものなのかもしれませんね。

もうすぐまた次の万葉集の勉強会がやってきます。今回は私も発表しなくてはなりません。
ちょうど和歌山で有間皇子が歌った挽歌が私の担当。

磐白(いはしろ)の濱松が枝を引き結び まさきくあらばまたかへり見む
家にあれば笥(け)に盛る飯(いひ)を 草まくら 旅にしあれば椎の葉に盛る

有間皇子はこのあと藤白峠で悲劇の死を遂げます。
藤白のあたりは私の家からもそう遠くなく、藤白神社は何度も行ったことがありますし、教室のおさらい会の下合わせで場所をお借りしたこともあります。
今は高速道路の脇の道を入ったところにありますけれど、ひなびた趣で静けさに満ちた大きな神社です。

万葉集は私の家のごく間近で詠まれている歌も多く、今は当然その頃とはまるで違った環境ですけれど、ここから見る空や月、そして風は変わりなく、土や石にそのかすかな記憶が残っているかもしれないなどと思ってしまいます。
そんな環境の中で生まれて育った自分の中にも何かが残っているのかもしれないなどと少し期待したりして・・・(笑)

芥川龍之介の全集を買ったことも思い出し、今日は引っ張り出してきて、読み始めました。

風景や物に沁みた記憶。
それらが時折とてもやさしい風になって私の中を吹き抜けていきます。

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2008年04月29日 『とりとめのない4月のご報告 その2』

明日で4月が終わってしまう!(汗)
すべりこみで4月のご報告のつづき・・・

6月には3つの大きなコンサートがあって、まずはそのお知らせを簡単に。

●6月7日(土)第一生命ホール(東京・晴海)にて、森の会(芸大邦楽科生田流箏曲専攻の卒業生による演奏会)、今回は沢井忠夫作品集。
●6月26日(木)ロンドン・チェルシーフェスティバルにて、西陽子ソロコンサート
●6月29日(日)神楽坂・セッションハウスにて、西陽子ソロコンサート「LETTER 2008」2回公演(当初は28日の予定でしたが、29日に変更になりました!)

そのコンサートの打合せやリハーサルで、共演者やスタッフ、協力してくださる方々とお会いしておりました。
6月29日のコンサートは昨年のシリーズの続きで、少し大掛かりになり、プログラムは高橋悠治さん・斎藤徹さんの新作初演や復元楽器・箜篌(くご)の演奏(曲は三輪眞弘さんの「蝉の法」)、沢井忠夫作曲「楽」、私自身の即興演奏です。そして、今回は兼古昭彦さんによる美術映像演出。いろんなお話の中からどんどんイメージを膨らませてくださっていて、新作発表と彼とのコラボレーションが今回の核になっています。
コンサートの新しいかたちをみなさんに体験していただけると思っておりますので、是非ご来場くださいませ!

そんなわけで、ロンドンで共演する音楽家の方々とも東京で初顔合わせがあり、新しい出会いもたくさん。また、森の会は同窓会ですから、懐かしい友人や先生方にもお会いしました。
忙しく動き回りながら、自分の音楽や活動について、あれこれと考える日々でもありました。

そして、またまた急に熊野に1泊の旅にひとりで出かけました。決めたのは1週間前!なんとなく今行かねば!という気持ちになったので・・・。

出発から波乱含み。
「今朝は珍しくちょっと余裕だなあ。」と思いつつ早朝出発。でも、この余裕があるときに限って必ず何か起こって結局余裕がまるでなくなるのが私のパターン(泣)。今回もやはり例にもれず・・・
ん・・・なんだかいや~な予感はしたのですけどね。
電車に乗ったらまず一駅進んだところで、放送が入り山手線がストップした模様。「まあ、都内だし、だいじょうぶだよね。」と思ったら続いて東海道線がストップ。我が横須賀線は、東海道線と途中から並行して走っているので、そちらのお客さんが横須賀線に殺到。大混雑!
「つぶれちゃうよ~」というくらい人がいっぱいで、ドアは閉められず、電車はどんどん遅れていきます・・・・(あー。もう、どうなるのー?!)

なんとか横浜に着いてホームに降りたら、すごい人で一歩も動けず。ホームの上はフリーズ状態!みんな固まってしまってる!私も固まらざるをえず、フリーズしながら空を見上げ、時計を見つめ、「さあ!どうするどうするー?」と考えます。(ま、まずは京浜急行に乗らなきゃ!)

で、ようやく階段を降りて改札を抜けて京浜急行の乗り場に行こうとすると、振替輸送のために改札付近は行列ができていて、駅員さんが縄を張って整理している・・・(もう搭乗40分前。これに並んでいたら絶対間に合わない!バスは乗り場もわからないからタクシーしかない!)

はしるはしるー!タクシー乗り場に直行。やっと順番がまわって運転手さんにお願い!運転手さんは「だいじょうぶでしょう。高速使えばぎりぎり間に合いますよ。」と言ってくれたので、よかったぁと安心して、しばし雑談に花が咲きます・・・・と、そのうち大渋滞。(えーっ?もう嘘でしょ?)
それまで和やかだったタクシーの中は、フリーズ(またもや!)。運転手さんも私も無言・・・(凍)
白浜行きの飛行機は一日2本しかないので、乗り過ごすともうほとんど旅自体をあきらめるしかないのですね。ですから、もうこの時点で私はほぼ80%はあきらめてました・・・
しかし、搭乗手続き締切り10分前に車が流れ始め、もしかしたら行けるかもー(期待)!運転手さんと私の会話も再開(笑)。

空港に着いたのは締切りの1分後。自動チェックインはできず、カウンターで直談判!お願いします(説得)
「では、今すぐ走ってください!」「はい!」

さあ、また。はしるはしるー!!空港の中を駆け抜けるー!

間に合った!(ばんざーい!!)

席に着いても息は荒く、ぜーぜー。でも、よかった!(笑顔)

「余裕」があるときには「危険」が潜んでいる←やっぱり今回も立証されましたねー。油断大敵!

そうして出発の時は雨だったのが、空港では曇り、熊野本宮に着いたときには見事に晴れました!次の日も青空が広がって、すっごくいいお天気。
しかも到着した次の日が大祭ということで、私の大好きな川沿いには誰もいなくて、わたしひとり。土手に寝転がってみたり、川に近づいて水遊びしたり、勇気を出して即興の歌を歌ってみたり、まるでこどもみたいに自然の中でくるくると動きまわり、時には語りかけてすごしました。
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湯の峰温泉に宿泊。ここの公共浴場のくすり湯が最高なんですよ!ほんとに湯治ということばがぴったりのひなびた町。夜は川の激しい流れの音だけが聞こえるんです。
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次の日は早朝5時起床。6時出発。新宮へ。朝もやに包まれた山々。きっと山が呼吸をしているんだ!と思ってしまいます。川は翡翠色。

速玉大社でお神楽を拝見することができました。祭礼の日でしたから。そして、神倉神社へ。たまたま神主さんが祝詞をあげるところで、またまた誰もいなくて私ひとり。「よかったら立ち会いませんか。」と言っていただき、儀式に参列(といってもひとりだけれど・・・)。お祓いまでしていただいて、「なんて幸運!」

それから那智大社に行き、那智の滝を見上げました。飛沫が冷たくて、とても気持ちがよくて、水が激しくたたきつける音は、心を揺さぶります。
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那智から新宮にもどるとき、電車の時間をまちがえて1時間空いてしまいました。まわりには何も無いし・・・・と思いきや海岸が近いと聞いて、1時間ただ青い海を眺めてすごしました。
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地元のひとたちがたくさん話しかけてくれました。神社の境内で、電車の中で、道で・・・・家族のように。
山や海や川、木々や石、太陽の光、風、そのすべてが歩んできた時間からすれば、私などどれだけ長生きしたってこどもみたいなものです。だから、こどもみたいな気持ちになれるのかもしれませんね。
「ねえ?こんなことがあったの・・・」と、報告して、「どうかなあ・・?」って尋ねてみたりして。
ただ、さやさやして、ざわざわしているだけなんだけど、それがなんとなく笑って見守ってくれているように思えるから、ちょっと泣きそうになります。
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帰ってきたら筋肉痛(苦笑)。走ったし、歩いたし、ね。
いい旅でした。

そして、昨日は、東京の夜景を思う存分眺めました。
都会は宝石をばらまいたみたいにきらきらと輝いて、高速道路は光の川。

ひとびとの夢のかたち。

じっと眺めていると、少しかなしくなります。
美しいと思えば思うほど、だからこそ、それがしゃぼんだまみたいにこわれやすいまぼろしに思えて、それをとどめておきたい思いがなおさら強くなります。

いよいよ、新緑の季節です。
輝きを放つちいさな石になりたい。そんなことを思ったりして・・・

2008年04月27日 『とりとめのない4月のご報告 その1』

日記を書きたいと思いながらいそがしくすごしているうちに、あっという間にもう新緑の季節に移りつつありますね。
今日まで、鎌倉まつりで奉納演奏をさせていただき、和歌山レッスンがあり、ふたつの勉強会があらたに始まり、6月にある大きな3つのコンサートのための打合せ・リハーサルなどがあり、そしてさらにひとりで熊野に一泊旅行し、友人たちと会う機会もすごく多くて、東京にもよく出かけ、睡眠不足が続きましたがようやく一段落。
とはいうものの、今も宿題が残っていて頭の片隅で「どうするのー?」とちいさな声で叫んでいます(笑)

鎌倉まつりは、今年夕方から夜にかけて行われ、静の舞だけでなく筝の奉納演奏もさせていただきました。5000人ほどの人出?(たぶん・・・)の中で、しかも野外でしたが、本殿に向かって一礼をして祈りをささげ演奏を始めると、そんなにたくさんの人がいることが疑わしくなるほど静かに演奏を楽しんでくださいました。夕陽が落ちて演奏が終わる頃にはすっかり夜の帳が下りて、そこから静御前が義経を想って舞った舞が披露されました。
こんな大きなおまつりで演奏させていただけるなんて、鎌倉の住人としてはとても光栄なこと。
ありがとうございました!

そして、ふたつの勉強会に今月から参加。
ひとつは、万葉集を読む会。スケジュールの都合もあって毎回参加というわけにはいかないけれど、ただひとりで万葉集を読んでいるのではなく、いろんな人たちの読み解きを伺って、ことばに含まれるたくさんの意味を知ることができたり、いろんな関連性を知ることができてとてもおもしろいんです。
それに、音楽関係ではない歌人の方々ともお知り合いになれたし・・・

もうひとつは、「糸」というグループで集まって、ただお話する会。勉強会というよりは茶話会かな。こちらは気のおけない仲間で、なんとなくしゃべっているうちにいろんなことのヒントが見えてきたりして、目的もなく集まるということってイマドキはあまりないことなので、なんかいい感じです。

そして、和歌山レッスンはいつもと変わらず。
8月のおさらい会の曲目も決まったので、これから熱気むんむんのレッスン室になっていくのはまちがいありません。

その合間に歯医者さんに通いました。
私のかかりつけのお医者さんは、全部和歌山のお医者さま。
東京や鎌倉では、なんとなく不安で・・・もうすでに和歌山ですごしたよりずっと長く東京・鎌倉に住んでいるというのに、月に一度の往復を欠かしたことがないせいか、根っこは和歌山にあるという意識が強いのかもしれませんね。というより、関東とか関西という意識がほとんどなくて、単に和歌山離れができていないだけかもしれません(笑)
でも、私は和歌山に生まれて育ったことは誇りに思っているし、大好きだからいいんです。

そういうわけで、歯医者さんにも、和歌山にいる間になんとかしてくださいと無理なお願いをして、治療の計画を立ててもらっています。もちろん整体の先生にも。
お医者さんだと普通は緊張するのでしょうけれど、すっかり信頼して安心しているせいか、歯医者さんでも整体でも、治療中にすぐ意識が遠ざかって寝てしまうのですね。
でも、それはきっと先生方がとてもいい先生だからです!
どの先生にも言われることはなぜか同じで、決まっているんです。
「無理はしないこと」「我慢はしないこと」そして最後に「でも、それが無理なんだよねー。」(笑)

いろんなことが同時に起こって、処理しなければならないことが積み重なり、睡眠不足が続き、疲れがたまっていく・・・・でも、そんなときには勇気を持っていったん休むことも大事なのですね。
今日は久しぶりにどこにも出かけずのんびり。睡眠時間もたっぷり。
そうすると、困難に立ち向かう元気が湧いてくるし、思考もいい方向へ。

突っ走るとき、引いてみるとき、それをうまくコントロールできたら一人前の大人にやっとなれるのかもしれない。と今ごろになって思っています・・・・・苦笑(遅すぎ!)

今、カエルくんたちの鳴き声が聞こえます。雨を呼ぶ声のように・・・季節は少しずつ次に向かって変化しています。そういえば、毎年やってくる鳥たちも我が家のベランダにまた帰ってきた気配。

4月のご報告はもう少しつづきます。

2008年04月04日 『卯月』

4月になりました。
1日は恩師・沢井忠夫先生の命日で、亡くなられてもう10年の月日が経ちました。
先生の声を電話越しに聞いた翌日和歌山に帰り、その日の夜半すぎに先生の訃報を聞きました。信じられないまま、翌早朝すぐに東京の先生のお宅にかけつけましたが、そのときの目黒川の桜が満開で、それがまたたまらなくかなしかったことを思い出します。

私が先生に出会ったのは、小学校3年生の頃。和歌山の私の先生のおさらい会にゲストで出演されていました。
そのときの驚きは今もしっかり記憶しています。こんな音がお筝で出せるなんて!とまばたきするのを忘れてしまうほどの衝撃でした。
その後、一年に一度はその演奏会で先生にお目にかかり、私の演奏をいつも舞台裏でわざわざ聴いてくださいました。母は私の演奏が終わって客席から舞台裏にかけつけると、廊下で先生が「よかったですよ。」と言ってくださるのがなにより楽しみでうれしかったそうです。

雲の上の存在・・・・憧れの先生でした。

小学校6年生のときに、当時こどもは教えないということでレッスンされていた先生がオーディションというかたちで私の演奏を聴いてくださり、大人扱いという条件で特別にレッスンを受けることを許可してくださいました。
そのときの感激は今も忘れることができません。

オーディションの日の前日に父が事故で緊急入院し、母は病院にかけつけたために、姉妹3人で心細い夜をすごし、確か近所の方が心配して面倒をみに来てくれました。
そんな思いがけないドタバタの中で、演奏会があり、母は着のみ着のままで・・・・でも演奏は無事に終えて、先生に合格のことばをいただき、母も和歌山の先生も私もうれし泣きしました。

そして、小学校6年生から毎月新大阪にレッスンに通い、ともかくミスはもちろんのこと、少しかすってしまった音がたったひとつでもあったなら、曲はあげて(合格)もらえないという厳しいレッスンで、技術をしっかりたたきこんでいただきました。
でも、それを苦に思ったことは一度もなくて、先生との合奏は心躍るほど楽しかったし、レッスンは毎回目の覚めるような発見の連続でした。
時々は、冷蔵庫からシュークリームやおいしいお菓子を出してくださいました。。。

思い出は語り尽くせません。。。

芸大に入学して、3年生になって芸大定期演奏会に出演することになり、「くり甲」という演奏家としては当然持つべき楽器を私は持っていなくて、内心、どうしよう・・・と悩んでいたときに、先生は象牙作りの一番高価な柾目の楽器を貸してくださいました。
3年生は、定期演奏会に初めて出演するのでもちろん大合奏の後ろの方でちいさくなってるのですが、楽器が身分不相応に立派だったので、目立ってしまって先生や先輩方に必ず「これは誰の楽器?すごいわねー。」と声をかけられ、恥ずかしくて余計にちいさくなってしまいました・・・

4年生で卒業演奏会にはいよいよ必要で、そのときに両親と先生が相談して、先生が「卯月の翠(みどり)」という柴田南雄作品の初演をしたことから「卯月」と名づけられた筝を譲っていただくことになりました。

先生と両親が私のために贈ってくれた大切な楽器

その後は自分で楽器を何面も買っていますけれど、海外に行くとき、新しいことが始まるちょっと不安の混じったとき、私は必ずこの「卯月」を持っていきます。
プロの演奏家として出発するときに支えてくれた楽器・私を育ててくれたひとたちの思いの詰まった楽器、そして、先生の形見。だから、きっと助けてくれるんじゃないかと思って・・・・

1日の夜は、この楽器を出して、先生のソロの作品を順に弾き、ひとりで追悼演奏会。どの曲にも思い出があり、先生の記憶が重なります。
これからもきっとさらにさらに思い出は増えていくのでしょう。


さくらの花びらが風に吹かれて少しなびいて舞っている・・・

先生に出会わなければ私はこうして今お筝を弾いていなかったかもしれません。
たぶん別の生き方をしていたのでしょう。

たくさんの思いをこめて奏でる音は、
さくらの花びらのように静かな夜に漂って
ほのかな匂いを残して消えていく

どこへ・・・・・
どこまで・・・・・

2008年03月30日 『身体感覚実験』

先日、ピナ・バウシュ舞踊団の公演を初めて観ました。
以前共演させていただいたジャン・サスポータスさんがこの舞踊団のダンサーであることもあって、いつか観てみたいと思っていました。

パンフレットも結局買えず、受け止めたものが果たして制作の意図と同じであるかどうかはわかりませんが(むしろそんなことはどうでもよくて、すばらしいものというのはたぶんたくさんの解釈を生み、ひとつのことばでは表現することのできないものなのでしょう。)、私はとても人間らしく自然で肯定的なものを感じました。
コンテンポラリーダンスというと、ストイックという印象があって(これも先入観かもしれませんね。)、どうしてもこれは一体何を表現しているんだろう?とか何を意味するものなのだろう?とか、つい考えてしまいがちなのですが、先日のピナ・バウシュ舞踊団の公演は直接本能に働きかけてくるような感じがありました。

「フルムーン」というタイトルで、舞台装置は水と大きな岩。
満月の夜の海辺を想像しました。

満月には狼男の話の如くいろんな説がありますね。
そんな話を信じてるんです。なんて言うと、なんだかあやしい要注意人物みたいに思われがちですけれど、月の満ち欠けには周期があって、潮の満ち引きにも周期があり、さらに女性の身体にも周期があり、それは普通に考えてもなんて神秘的なのだろうと思います。

不思議なことはいっぱいありますね。
どうして感動する音楽があり、男女が恋に落ち、ほほえみに心が安らぐのか・・・どうして海になつかしさを感じて、山に抱かれると帰ってきた気がするのか・・・
今夜のように冷たい雨の日にはさみしい気持ちになり、晴れた青空の朝にはさわやかな笑顔がこぼれ・・・

きっとわたしたちのこころは、近くに起こっている直接的なできごとだけではなく、地球や太陽や月や星、空・・・・・遠くて無関係だと思い込んでいるものの影響をどこかで受けているにちがいないと思うんです。
そして、それはきっと途方もない大きなちからでわたしたちにはどうすることもできないものなのかもしれません。

ピナ・バウシュ舞踊団の公演は海辺に集うさまざまな男女のすがた?
どうすることもできないところにあるかなしみとよろこび。人間の本能のちから。生命力。そして、限界。
だけど、それらはすべて美しい。
生きているということ自体が、美しく、かなしく、滑稽で、矛盾に満ちていて・・・・
人間だって自然の一部なのだから自然とリンクしているはずで、そのサイクルがぶつかったり、あるいは乱れたとき、何かハプニングが起こるのかもしれませんね。

重力だって実はからだが知っている。のではないだろうか?などと考えて、重力を感じている自分の感覚を探し、風の声に何かの知らせを尋ねてみます。
からだとこころがしらない間に感じていることを尋ねてみるんです。

そうすればわたしたちはもっとやさしく、もっと自由になれるのかもしれないなどと思いながら・・・

2008年03月26日 『日常のすきま』

ほんのささやかなできごとが心を和ませてくれることってありますね。

久しぶりに時間ができたので鎌倉を散策して、風がすっかり春のにおいに変わっていることに気がついて、あじさいの新芽がたくさん出てきていたり、椿はもう終わってしまったのね・・・とか、自然は季節の営みを黙々と繰り返しています。

卒業式や入学式・・・・出会いと別れが交錯する季節。

桐蔭高校箏曲部のおさらい会は、毎年この季節に学校の一角にある同窓会館で行われます。OGたちも都合が合えばかけつけてくれるし、受験を終えた卒業生は最前列の席で後輩の演奏を見守ってくれて、もうそこには一種のなつかしさのような気持ちさえ漂っています。
1年前はあなたたちもドキドキしながらこの場で演奏をし、音楽で友情を深め、成長していったというのに・・・。
何人の卒業生を見送ってきたかしら。と時々同窓会館の脇にある桜の木を見ながら思うことがあります。

この桜が満開で、会場の入口にひと枝飾ったこともあったし、季節が終われば毛虫がいっぱいで木の下を走って駆け抜けなければならないし、秋には枝の向こう側にきれいな夕焼けが透けて見えます。
そうしてずっとずっとこの木も高校生たちのお箏の音を聴きつづけ、見守ってくれているのですよね。

高校の入口には大きな桐の木があります。(そういえばお箏は桐の木でできているんですよね・・・特に関係はないけれど(笑))葉っぱが揺れて風の声が聞こえるんです。
私は、レッスンに通ったり個人練習しなければならなかったのでクラブ活動やともだちとの放課後の交流はほとんどなかったから、箏曲部の生徒たちの様子を見ていいなあとちょっぴりうらやましくなります。
でも、生徒たちのさわやかな笑顔と純粋な空気の中で時間をすごせている今の自分の笑顔がもしかしたらあの頃の笑顔になっているかもしれないとも思います。
まっすぐにこどもたちの目を見つめて、そして、きっとこの時間があなたたちの宝物になりますようにと願う気持ち。

整体へ自転車で急ぐ道、ちいさな男の子があとを走ってついてきました。
「どうしたの?ひとりで走ってるの?」
「うん。マラソンの練習してるの。」
「学校のマラソン?ぼくはいくつ?」
「もうすぐ学校でマラソンがあるから練習・・・はぁはぁ(息)・・一年生だよ。もうすぐ二年生だけど。」
ずっとついて来ちゃったので、なぜか私が自転車で伴走しているようなかたちになってしまっている・・
「じゃあ、あそこの角までいっしょに走ろうか!」
「うん!」
「がんばってがんばって!!!」
(ぼうや、全力疾走。がんばりました!)
「じゃあ、私はこっちに行くね。ぼく、ひとりでだいじょうぶ?」
「だいじょうぶ!(にっこり)」
「マラソン大会はきっと最後まで走れるよ!その調子なら絶対だいじょうぶ!がんばってね!バイバイ。」
「うん!」
「私はここで見送ってるから走っていって。」
「うん!」

ずっと向こうの角で見えなくなる直前に男の子は手を大きく振って「バイバーイ!」と笑顔で叫んでくれました。

夕陽が落ちるころのささやかな会話。
あの男の子は最後まで走れたかしら・・・・

日常にあるちいさな出会いと別れのかけら。
それが余韻のようにずっと心の奥にしみわたっていく春の日。


2008年03月22日 『美しい和歌山』

お彼岸をすぎて、もう3月もあと1週間なのですね。
うれしいこと・思いがけないこと・涙したこと・トラブル・心あたたまること・・・目まぐるしい日々をすごしていました。

先日お知らせしましたテレビ和歌山の番組「美しい和歌山」が放映されました。
番組終了直後から反響がすごくて、テレビ局にもたくさんの電話があり、私にもお手紙・メール・そして直接・感動のおことばをたくさんいただきました。ありがとうございました。
私自身即興演奏で参加させていただいたことに感謝の気持ちでいっぱいで、今も贈っていただいたDVDを見ながらひとりで号泣していたところです。

聖地・和歌山の自然の神々しさと、そこに暮らす人たち・あるいは何かを求めて険しい道を歩む人たち、それらの織りなす景観のすべてが胸に迫ってきて、涙が出て止まりませんでした。

熊野・枯木灘海岸の荒々しい海を見たとき、その激しさは私の内部にもあって、まるで生き物のように荒れ狂って、私のからだからはみ出てしまいそうなほどに心をかきたてられました。
那智の滝で、わたしたちが立ち入ることのできない聖域の映像ー滝の生まれ・曲がりくねった木・輝く石・・・ーそれらは手の届かない・わたしたち人間のちいさな存在を思い知らされる威厳と永遠に満ちていました。

筝の音は木の声。
音を紡ぎながら、いつしか音の連なりは私の手を超えて、熊野の木々や水、海や山々と呼応しているように思えました。
音がふるさとへ帰っていくように・・・・・
呼び交わしているように・・・・

そして、わたしもまた、わたしが生まれるずっと前のわたしに帰っていくように思えました。

邦楽もクラシックもポップスも民族音楽も現代音楽も・・・・どんな音楽も私は好き。
その源を辿るとき、音はひとつの粒子になって原子になって、筝の音は森に帰って行く。
私はその行方をじっと見つめている。
音を放った瞬間にさみしさとかなしさが心に宿るのはそのせいかな。。。。

音が生まれるとき、いつも音は私のものではないんだと思うのです。

「美しい和歌山」再放送は、4月12日(土)午後3時~
是非ご覧下さい。


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