明後日4月1日に江戸信吾作品発表会が東京オペラシティリサイタルホールで開かれます。もうすでにチケットは完売。私は「さくらスケルツォ」(初演)と「久遠の大地」を演奏させていただきます。すばらしい演奏家のみなさんとの共演、そしてもちろん江戸信吾さんの作品を演奏させていただくことに緊張感と喜びを同時に感じながら、楽しみにしています。

4月1日は沢井忠夫先生の命日。その前日に私は会議で先生の声を電話越しに聞き、そのまま和歌山に帰りました。次の日、先生が亡くなられたという連絡が入り、信じられない気持ちのまますぐに東京に戻りました。

病気の後遺症と闘ってらした険しさが消え、先生はお元気だった頃に戻られて、演奏されている時の少し伏し目がちで、静けさを湛えた端正で凛々しい表情で眠っていらっしゃいました。目黒川の桜は満開で本当に美しく、花びらは風が姿を現したように舞い、先生を見送っているようでした。あの日のことは生涯忘れられません。

今、桜は満開。

桜が咲くと街の風景はいつもとは全くちがうものになり、普段は全く花などを見ることもない人たちまでもが足を止め、しばし見入ってしまいます。そんな様子を見るにつけ、桜は多くの人たちの心をこれほどまでに変えてしまうのだと思わずにはいられません。

先日、久しぶりに地下鉄で夕方のラッシュに遭遇。

ラッシュの波に押し流されて乗車した外国人の女性の荷物がドアに挟まれてしまいました。そばにいた男性が一緒に引き抜いて無事出発。ほっとしたのもつかの間、女性のバッグから野菜がはみ出て、萎れ、ちぎれそうになっていました。私の隣にいた銀髪のご婦人が「このままだと傷んで使えなくなってしまうわ。ちょっと折ってもいい?」と話しかけ、ぽきっと折って彼女のバッグにしまい込みました。彼女はたどたどしい日本語で「ありがとう。」と言い、ご婦人は「おせっかいでごめんなさいね。」とにっこり。彼女も、ご婦人も、さっき助けてあげた男性も、そばにいた若い女の子も、私も、みんなにっこり。ラッシュでもみくちゃになりながらも、そこには陽だまりのようなおだやかな時間が流れました。

そのうち、乗客も減り、私は優先席の前に移動。目の前にはかわいい赤ちゃん。お母さんは疲れてぐったりうたた寝中。赤ちゃんは私のカラフルなバッグに興味を持ったようで、小さな手でバッグを触ってニコニコ。私もニコニコ。

何か特別なイベントがあったわけでもなければ、直接自分に何か起こったわけでもないけれど、心が包まれるようにふわっと温かくなりました。もう一生会うことは多分ない一瞬の出会い。会話もなかったけれど、このできごとでその日はとても幸せな1日になりました。

案外身近なところで幸せはいっぱい転がっているのかもしれません。それに気づける日常でありたいと思います。

4月1日は、生まれ変われる日!

はじまりの日!